献品紛失 碁盤はいずこ 4
せっかく店主が汗水流して作った碁盤を盗まれても、それが悪くない話とはどういうことか。
セレナとシエラは理解不能。
「俺達の作業の足止めが出来たという目的もあるだろう。その目的を果たせたってわけだ。そして碁盤としては役に立つ完成品を手に入れたってこともそうだ。それで犯人たちの目的は終了。後は献上するだけ」
二人の顔は、何となく悔しがっているようにも見える。
法王がもし公式の場で、国主杯の賞品作成の依頼を出したというなら犯人は労せず目的を達したはずである。
「ところがどっこい。未完成品なんだよ、あれは。手を加えることが出来ないでいるそいつらを尻目に、まだこっちに残っている碁盤の完成度を更に高める作業が残ってる。何が起こるか分からない。だから失敗しても許される作業だとしても失敗するつもりはないってことだ」
「あ、あの時は失礼なことを言ってすいませんでしたっ!」
シエラが突然店主に謝罪する。
失敗することが許される作業であっても失敗するつもりはない。失敗してはならない。
店主のそんな考えは厳しすぎるのではないかと思い、それを口にした。
その事で店主の機嫌を損ね、どうしたら自分を受け入れてもらえるか悩んでいたシエラ。
しかしその思いは自分本位に囚われた考えであり、それは自分への甘さでもある。そして仕事の妨げにもなる。
作業の目的のことを全く考えていないことに気付かされたシエラは自分の誤りに気付いた。
しかし彼女の声は、彼女の傍に耳があった店主には大きすぎた。
「うるせぇっ! すんげぇどうでもいいわっ! それより……」
「ちょっと待って。盗んだ連中の正体は……」
「あぁ? 知らねぇな。俺らは国の役人でもなきゃ警察でもねぇんだ」
「「ケイサツ?」」
学校制度もなければ、警察の制度もないらしい。その説明をするのも今は時間の無駄と店主は断定する。
「盗んだ奴ぁおそらくもう来ねぇだろ。それよりこっちの作業も急がなきゃな」
金目の物を狙った盗賊ではない。
となると法王の依頼絡みの事件ということになる。
まだ予備があるが、何度も盗みに入れば容疑者は更に絞られ、犯人は自分の首を絞めることになる。
自分の首を絞めるより功を重ねる方が、危ない橋を渡らずに余所者を排除できる。
「でも盗まれたって噂が流れたりしたら、別の誰かが盗みに来るかも」
「噂は流れねぇよ」
なぜ店主はそう即座に言い切れるのか、二人は不思議でならない。
「その噂、誰が流すんだ? 盗んだ本人か? 誰かを使って盗ませるのは無理だろ。瞬間移動できる奴だぜ? 魔物と戦うときのような魔法を町中で使ったらまずいんだろ? 浮遊や飛行の移動は禁止のはずだ。まぁバレなきゃ問題はないだろうがな。盗みに入る前だったらばの話だが」
「……みんなが寝静まった夜でも、冒険者が依頼達成して帰って来る時間に昼も夜もない。どこで見られてるか分からない」
「その通り。ましてや施錠してたんだ。開錠するのに手間がかかる。そこを見られたら致命的だろ」
「でも瞬間移動なら施錠も関係ないんじゃないですか?」
シエラもようやく頭が回り出したようで、店主の推理の穴と思われるところに気付く。
「瞬間移動できるほどの力を持つ者ってどんだけのレベルだよ? セレナ、お前ですら出来ないだろ? アローンなんたらの一人って言われるほどなのにな」
「それは冒険者としての称号みたいな……。……冒険者のレベルよりもはるかに高い魔力を持つ魔術……いえ、魔導師……?」
セレナの顔がまたも青ざめる。
魔術師は数多くいる。しかし瞬間移動の魔法が使える魔術師は、もはや魔術師のレベルではない。
魔術師を指導する立場になる者、あるいはその指導者たちを導く者のレベル。
「はい、追及はここまでだ。ヘタに首突っ込むと、知らないうちに息の根を止められてたなんてことになりかねん。分を弁えな。お前は兼業冒険者。俺は余所者の宝石職人。そしてこいつは……金魚のフン?」
「「キンギョノフン?」」
金魚のフンの言い回しも意味もこの世界にはないらしい。
店主はがっくりと肩を落とし、まだ日が昇りそうにない時間からの作業に向かった。
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