献品紛失 碁盤はいずこ 3

「え?!」


 シエラがセレナの言葉に驚いて彼女の方を見る。その目は大きく見開いていた。


「わ、私を疑ってるんですか?! わ、私、盗んでません!」


「あ、あなたが盗んだって言ってないわよ?! テンシュ! あなた何を言いたいの?!」


 慌てふためく二人が目に入っても店主はその表情を変えない。シエラをただ見つめ続けている。


「私……盗んでませんっ!」


 シエラの目に涙が浮かぶ。


「お前が盗んだんだー」


「してません!」


「お前が盗んだんだー」


「して……ません……。うぅ……」


「お前が盗んだんだー」


「ちょっとテンシュ! シャレになってないわよ! 悪ふざけの度を越えてるわよ! 大丈夫だから。全くこの人はぁ……」


 店主の口調は棒読み。明らかにシエラをからかっている。

 シエラはしゃがみこんで泣きじゃくる。


「……冗談通じねぇ奴だな。つか面倒くせぇから追い出す口実出来るかと思ったんだが」


「やっていいことと悪いことの区別くらいつけなさい!」


 セレナからの雷も店主には馬の耳に念仏。近くのソファに腰かける。


「まずこいつは瞬間移動の能力はない」


 店主は突然真面目な口調で語り出す。しゃがんで泣きながらも、シエラは店主の方を見る。


「力を持ってないように見せるってのは無理なんだよ。自分の力ってのは感じ取ってそこで終わるもんだ。見える奴の方が珍しいし見る必要がどこにもないしな。気配を消す必要があるだろうが、気配を消しても力の有無までは消せない」


 シエラのしゃくりあげる声は止まらないが涙は止まる。

 セレナはシエラの背中をさすって慰めるが、鬼の形相で店主を睨み付ける。


「つまり歩いて外に出るしかない。が外には出ていない。足跡が食堂の出前持ち以外になかったからな。受け渡しして外に出ずに済む可能性はある。だがなぜ二階の碁盤を盗んだかってのが引っかかる」


「……盗んだことを前提にその話に付き合うとすれば、近いからでしょ?」


「それはない。前にも言わなかったか? そうしなきゃならない理由がなければ、それをすることはしない。ましてや上の物と下の物はほぼ同じ。盗み出すってのは骨が折れるもんだ。なるべく負担をかけずに済みたい。ならば出口に近い物を持つ方がいい。理由は簡単。ばれる可能性が二階の物を盗むよりも低いからだ」


「で……でも、だったら、どうして二個とらなかったの……?」


 質問したのは、しゃくりあげたまま声を出したシエラ。自分が疑われていないことにようやく気付いて少し持ち直したようだ。


「碁盤を盗みに来たからじゃないんだろ。今言いかけたが、あのジジィは俺らの知らないところで何かをしたという可能性がある。もっとも俺らが知るつもりもないし知る必要もないって可能性もあるが……」


「猊下ご自身が何かをしでかした?」


 それもない、とセレナの予想を即座に否定する。


「まず俺らに必要のない情報を仮定する。たとえば、国主杯の賞品の公募とかな。さらに噂が耳に入る。どこぞの道具屋がもう手掛けている、とか。『法具店アマミ』のテンシュってやつが取り組んでるらしい。なにー。異世界から来た者がやってんのかー。何でこの世界の者にジジィは頼らないんだー」


 またも棒読みの芝居を始める店主。セレナは軽く受け流す。


「はいはい。で、特別な力を持つ余所の世界から来た者に猊下は、ご自身のプライベートの時間を割いて会いに行って頼んだ、ということよね。腕に覚えのある人からすれば、ちょっと嫉妬するかな」


「ちょっとどころじゃねぇだろ。俺に力が分かる能力があるなんてこと思いもしないなら、俺の方が高い品質の物を作れる、と思う奴も出てくるだろうぜ」


「そしてすでに外観は完成されている。ならば瞬間移動で……。あ、でも二階にあるなんてこと想像もしないわよね?」


「力の存在を知ることが出来る奴はいるんじゃないのか? 種類とかまでは分からないだろうがな。セレナだってそうだろ? 斯くして二階にもあることを知った犯人は上に上がる。噂では余所者のテンシュとセレナの二人で店をやってたはずが、見知らぬ女の子が寝ている。……物を盗む上で、犯人が一番楽な結果になるのはどんなことだ?」


「……盗まれたことに気付かれないのが一番ですかね? 次に誰が盗んだかわからないようにする……」


 シエラも話に混ざり始める。

 セレナに支えられながらもゆっくりと立ち上がる。

 二人は店主を挟むようにソファに座って店主の話を待つ。


「そして、誰かに罪を擦り付ける、だな。たまたまな事情が重なった最悪の結果をこいつが迎えてしまったってわけだ」


「変なこと言いだしたのはあなたでしょうが、テンシュ!」


「いろいろ話したからな。その上でお前が今の碁盤を盗むとしたら間抜けもいいとこ」


「慰めるのと貶すの、一度に両方やらないでっ!」


「何度か言ったよな? この後まだ仕事があるってこと。それを知ったら、その仕事を終わった後に盗んだ方が楽だろ」


 ちょっと待って、と店主を制するセレナ。


「だったらなぜ碁盤二つ持っていかなかったのかしら? その方がテンシュを出し抜けるでしょ?」


 店主はにやりと笑う。


「いい質問だ。だが高価な物二つも消えたら、斡旋所に頼んで犯人捜しの依頼を出すぜ? 時間的にお手上げになるかもしれねぇからな。だが一つ残ってりゃ、犯人捜ししている暇はねぇ。こいつを仕上げてジジィんとこに持ってくぞって話になる」


「自分を怪しむ人の数が減るってことですよね?」


 なんだ、頭が働くじゃないか。

 そんなふうにシエラの頭をポンポンと叩く店主。


「その通り。そして知らんぷりして盗んだものを献上品とする。俺達からすれば悪くない筋書きだな」


 二人は驚いて店主を見る。

 盗まれて悪くはない話とはどういうことか。

 二人には店主の考えを理解することができないでいた。

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