献品紛失 碁盤はいずこ 6

「テ、テンシュさん……あなた、い、一体何者……」


 店主は聞いて来るシエラに面倒くさそうないつもの顔を向ける。


「曲者。おしっこ漏らした床掃除、お前がやれよな」


「も、漏らしてません!」


 大声で否定するシエラ。

 それよりはもちろん小さい声だが、揺るぐことがなさそうな気持ちのこもった声でセレナが店主に問い詰める。


「どういうこと?」


「何が?」


「盗まれたこと、なぜ報告しなかったの? テンシュへの依頼だから、テンシュに被害があったら補填するなり何かに優遇されるなり、テンシュへの補償が必要でしょう?」


 その問いを撤回する様子がないのを見て、店主がそれに答える。


「あのジジィ、非公式で俺に頼んだんだぜ? しかも温泉の個室で密談と来たもんだ。俺に賞品を作ってほしいってのは本音だろう。だが補償するわけにはいかねぇだろ。それこそ贔屓ってやつだ。槍玉にあげられる」


「槍玉って……そんな相手いないでしょう」


「……ジジィ、次の王の踏み台になるっつってたよな。まぁ品行方正を世の道理にしたいんだろ。きれいごとばかりじゃない世の中を、きれいごとばかりにしたいってとこか。世間知らずの子供から言われりゃ、無菌室育ちもいいとこだろうがな」


「「ムキンシツ?」」


「言い回しが通じねえところがあるのがうぜぇよな、この世界はよ。だがあのジジィはいろいろ裏表の世界を知ってんだろうよ。知った上できれいごとが通用する世界を望んでるってことだ。お漏らし女子にクソジジィ。つくづく面倒くせぇ奴らが揃った世界だよなぁ。ついでにセレナも」


「だぁからぁ、お漏らししてないですっ!」


「何で私がついでなのよ!」


「あーあーあー、きーこーえーなーいーっ」


 両手で耳を塞ぎながら作業室に向かう店主。

 抗議を続けるシエラ。

 諦め顔のセレナ。


 この光景も次第に『法具店アマミ』で見慣れたものとなっていった。


 この後は雨期も過ぎ、また見物客が増え始める。作業は進み、その工程の途中でセレナとシエラを驚かせることもあった。

 それ以外はトラブルもなく季節も過ぎていく。

 ウルヴェスが『法具店アマミ』を訪問してから約半年。

 依頼の品は完成し、ウルヴェスの元に運ぶ準備も整った。


「碁石と入れ物を同じ材質にするってのも、ちょっと驚きね」


「碁盤に蓋までつけたんですね……。埃が被らない工夫ですねっ」


 セレナとシエラからの称賛を、右から左へ受け流す店主。

 碁石の入れ物のことを碁笥(ごけ)と言い、独特の形をしている。

 底と側面に凹凸をつけ、丁寧にしまうと数の不足がすぐに分かるようにした。


「さぁて。会いたい時にはいつでも会えるって約束、守ってもらうぜ? クソジジィ」


「え? 今から会いに行くの?」


「確か今日って……」


 狼狽える二人を見てにやりと笑う店主。


「あぁ。十一の月とやらの三十日。久々の対面と行きますか。おーぅいクソジジィ! 今俺はお前に会って話をしたいことがあるから、店の出入り口と玉座の間の入り口くっつけろぉ!」


 店主が叫んでもウルヴェスの耳に届くわけがない。

 会いたい時にはいつでも会える。しかし今は公用中のはず。

 しかし店内に存在する力に変化を感じた店主は、その思いはウルヴェスに届いたことを確信する。


「よーし、行こうか。シエラ。お前もついてこい。つーかついて来なきゃお前の首跳ねる」


 突拍子もないことを言われ、シエラは理解が追い付かない。

 碁石と碁盤を台車に乗せて押す店主の前をシエラに歩かせる。

 セレナも店主の考えに追いつかない。


「セレナ、そいつがお漏らししないようにしっかり見張っとけ」


「お漏らししないですってば!」


 そんだけの元気がありゃ十分だ。


 事態を把握しないシエラ、狼狽えるセレナ、まるで近所を散策するかのような気分の店主の三人は、正装とはかけ離れた普段着のまま、皇居の玉座の間と直結した『法具店アマミ』の扉の先に向かった。

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