碁盤と碁石 作る間に 1

 差し入れの半分をセレナに分け、昼食を終えてすぐに作業に入る店主。

 店内の賑やかさは午前のみだったようで、午後にはほとんど見物客はいない。

『ホットライン』もシエラを残し店を出た。


「食休み、しなくていいの? 健康に良くないような気がする」

「まぁ体が資本なのはどの仕事でも同じだがな。その仕事を待ってるジジィがいるからよ」


「あ、あの、ジジィって……。依頼は法王様って聞きましたけど」

「ウルヴェス。テンシュは法王と会ったとき、法王は老人の姿だったから」


 おずおずと二人に尋ねるシエラは、その答えに目を白黒させる。

 国のために粉骨砕身で事に当たる国の代表者を捕まえてなんてことを言うのか、と驚きを隠せない。

 姉をはじめとする『ホットライン』のメンバーたちから店主の話を聞いて、その人格などは大体把握していたものの、実物はそれをさらに上回る。


「ふ、普段からこんな具合なんですか? えーと、セレナさん、でしたっけ?」


 気が動転しているシエラは、存在することが信じられない珍しい動物を見ている気分になる。

 異世界から来た人族というのは聞いたが、この世界と別世界での人族というのは違う物だろうかという疑問も浮かぶ。


「じゃあちょっとだけ店番お願いね」


 ずっと店主の仕事を見学するつもりのシエラはそんなつもりはなく驚くが、食事している間だけということで安心する。


「えっと、話しかけちゃダメなんだっけか」


 同じ作業をすればするほど手際が良くなる店主。その手の動きも作業に慣れ、どんどん溝が完成していく。

 セレナから頼まれた店番も、来客がなければその仕事も成り立たない。

 やれることは店主の手の動きを見ることくらい。

 シュッ、シュッとリズミカルに音が鳴る。

 ルレットで宝石の上面に溝を作る時に出る音。回数を重ねていくたびにシエラの耳に馴染んでくる。

 シエラには作業する店主の動作以外目に入らなくなった。


「その分じゃお客さん来てなかったみたいね」

 不意にシエラに声をかけるセレナ。

 既に昼食を終え階段を下りてきていた。


「は、はい。で、でも途中からテンシュさんに夢中になっちゃって、お客さん来てたかどうか……」

「あは、まぁ短い時間だったからいいか。いきなりお願いしたの、こっちだしね」


 肩をすくめて申し訳なさそうにしょげるシエラにセレナは苦笑い。

 間近での会話も耳に入らないくらいの集中力で作業を進める店主。

 カウンターに座り、出口の方を見るセレナ。

 カウンターの前に椅子を出し、店主の方を見るシエラ。


「……シエラちゃんはさっき、弟子入りって言ってたよね? お店をやりたいんじゃなくて、職人になりたいの?」

 セレナはのんびりとした言い方でシエラに声をかける。

 まだ将来を決めるには少し若いのではないか。いろんな業種を見てから決めても遅くはない年齢。

 セレナはそんな風に考える。


「私も冒険者目指してたんですけど……」

「うん」

「姉も従兄も上位二十のチームですし」

「お姉さんが副リーダーで従兄がリーダーだもんね」


 シエラはやや力をなくし少し俯く。

「養成所にいってチームを組もうとしたんですが……。みんなそんな目で遠ざかったり近寄ったりするので……」


「自分の力を推し量れなかったか。卒業は出来たの?」


「はい……。斡旋所の人達からは特に何も言われないのですが……一人きりじゃ見繕える依頼はしばらくないだろうって」


 それを聞いたセレナは思わず吹き出す。目を見開いてセレナを見た後睨み付けるシエラ。

「ごめんごめん。だって……『風刃隊』って知ってる? まるっきりおんなじなんだもん。あはは」


 シエラには、セレナが何を言っているのか理解できないでいる。

『風刃隊』と言えば、次の世代の四十チームの筆頭かそれに次ぐ実力のあるチーム。

 それが同じということはどういうことか。


「あの五人も、五人揃って斡旋所から仕事なかなかもらえなかったんだよ。テンシュに道具作ってもらった後のことだけどね。でもここに来る前は、どの道具屋も相手にしてくれなかったんだって。シエラちゃんはまだ恵まれてるよね。仲間はいないけど、お姉さんたちがついてるからね」


 セレナは笑いを堪えながら説明する。

 あんな強いチームも昔は誰からも相手にしてもらえなかった過去がある。

 シエラはそんなセレナの話を信じられないでいる。

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