作るのは碁盤と碁石 8
昼休みの時間は昼食の時間に合わせるのが普通だろう。
しかし気持ちが途切れた後に同じ仕事を再開することは、店主にとっては時間の浪費に繋がり、依頼達成の時期の見通しが立たない今の時点ではそれは痛手となる。
恐らく周りはみな昼休み終了したと思われる時間に、店主は一面の線引きの作業をすべて終了した。
店主が唸りながら背伸びをする。
店内に漂う緊張感が解れ、見物客たちも店主を見る姿勢を崩す。
そんな客達に店主はやはりいつもの店主を見せる。
「お前ら、ヒマだな」
「気分転換だよ、テンシュ。差し入れ持ってきた。飯、まだだろ? ほら、それ出しな」
『ホットライン』のブレイクことブレイドから言われたとおりに、隣にいる若そうな同族と思える女性が、持っている手提げ袋をカウンターに置く。
「気分転換? お前ら気分転換ばかりして仕事してねぇのな」
「ちょっとテンシュ、こないだ気分転換に来たのは『風刃隊』よ。一緒にしないのっ。ていうか、覚えなさいよいい加減。ところでそちらはどなた?」
セレナから窘められて和んだ笑い声があちこちから聞こえる。
「リメリアの妹のシエラと言います。初めまして。……えっと、で、弟子入りに来ました……」
「せっかく持ってきたんだ。差し入れは受け取るが、そちらはお帰りください。今それどころじゃねーから」
店主の反応は、ほぼ全員の期待通り。
『ホットライン』も予想していたようだが、シエラと名乗った女性は少し悲しそうな顔をする。
「いきなりで悪かったなテンシュ。事前に連絡とるのが難しかったから。差し入れは俺達全員からだから気にしないでくれ。言っただろ? あんな噂流れてるから断られるかもしれないって。それに入り口の札、お前も見たろ?」
リメリアはブレイドの従姉妹である。つまり彼女の妹であるシエラとも従姉妹となる。
そのシエラの方を向いて諭すブレイド。
彼らも店主が法王から依頼を受けた話を聞いたらしい。
「えーっと……差し入れの方は、宿屋の食堂の。すぐに売り切れるご飯ものよ。テンシュ丼物好きだって聞いてたから」
「ほう。ゴハンモノか。珍しい宝石の名前だな」
「そっちじゃねーよ」
差し入れ自体思いやりの好意。その好意をおざなりにする店主の顔つきは作業中とは明らかに別。
そうとう緊張感を持ちながら取り組んでいたことが分かる。
「あと、差し入れは今回限りな」
「え?」
シエラからの弟子入り同様の素っ気ない反応にみんながやや驚きの表情。
「別に己惚れるわけじゃねぇが、俺の仕事見に来たんだろ? 差し入れ、今度持ってこようなんて思う奴らがうじゃうじゃきたらどうなるよ。持ってこられて今気付いたけど」
その場にいる全員がなるほどと納得する。
「で、今は立て込んでるのは分かるが、出禁ってわけじゃないだろ?」
「さっきやたら大人数でこっちを見てたようだが、そこから見てる分には構わんぜ。気が散るってのもあるが、この依頼、粉が舞うからな。吸い込んだらまずいだろ。構わなくても俺が気になるから近寄るならその辺りまで」
ブレイドの質問の答えに、シエラの顔が明るくなる。
「こいつも冒険者志望なんだが、テンシュの話したらこっちの方にも興味が湧いたらしくてな」
「あぁ、すごくどうでもいい」
どんなに忙しくてもどんなに真剣になっても、口癖は出る時には出る店主。
だがしかし。
「ホントだー。お姉さんの言う通り、名言出たー!」
初々しいと思ったら、変な生き物来やがった!
シエラへの、店主の第一印象がこれだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます