法王のジジィが日本文化の道具作製を依頼した先は宝石職人 2

 初めて聞く言葉。

 この国の文化の一つらしい。

 しかし文化と言っても多岐にわたる。

 今三人がいるこの部屋もこの国の文化と言うなら、日本でよく見る和室のすべてそのまま取り入れられているか、この国の文化が日本に持ち込まれたか。店主にはそうとしか思えない。


 そして今セレナが受付から持ち込んできた物一式が店主とウルヴェスの間に置かれる。

 部屋の形式ばかりではなく娯楽の文化まで一致しているのかと、店主は愕然とする。


「ご……ご……碁盤じゃねぇか! しかも黒と白の碁石だぁ?! 偶然なんてもんじゃねぇぞこれ! 日本人がここに迷い込んで、文化を広めたとしか思えねぇ! そんなに頻繁に日本とこの世界の間を行ったり来たりしてるかのどちらかだ。なんなんだここは!」


「何を言うか。『碁』じゃと? バカ言うでない。何十万年も続いたオルデン王国時代の、その始まりの頃から生まれた文化の一つじゃぞ?」

「な……んじゅう……まん……?」


 店主は深呼吸して考える。


 この国、天流法国は現在、目の前にいるウルヴェスが法王という立場に立ち、この国の舵取りをしている。

 その前はオルデン王国と言う名前であった。その国が何十万年も続いたという。


 その国の成り立ちは知らないが、目の前にある道具を使う競技もその歴史と共にあった文化の一つだという。


 ひょっとしたら日本は、この世界から文化を取り入れたのか?

 いや、そんなはずはない。


 店主はやや顔を青くしながら自分の問いを否定する。

 しかし根拠はどこにあるだろうか。

 歴史的資料には、海外から文化が渡って来て日本に定着した。

 そういった記録が数多く残っている。


 店主の目の前にある道具は、日本では碁盤と碁石と呼ばれている物だ。

 中国から渡って来たものだ。


 しかし若干違うところがある。縦と横の溝が交わった部分が黒い小さい丸が所々にある。

 目の前にある盤にはそれがない。


「俺がいた日本、いや、世界にあるすべての文化は……この世界から文明や文化が伝わった……? 有り得ねぇだろ、それ……」

 青い顔のまま呟く店主。


 ウルヴェスはその呟きを強く肯定した。


「うむ、有り得んな。お主らのような別世界が存在するなど、ワシらとて巨塊の件で初めて知ったわ。嬢ちゃんや初めて会った頃のお主はワシを大分畏れとったようじゃが、こんなワシですら畏れる者も数多くおった。生命力が格段に違う。体力も然り。そして……知力や知識もな」


 いつの間にかセレナが淹れてくれた茶を啜る。


「……そんな者達がすでにお主の世界や国の事を知っておったなら、どんなに秘密にしていようが必ず陽の元に晒される。つまり、この国の文化とテンシュの国の文化、一致する物がどれほどあろうとも、互いに独自に育っていった。そういうこっちゃ。一致しやすいのは自然の環境が似ておるから、ではないかの? 寿命がどれほど違いがあろうともな。じゃがワシらとははるかに少ない生命力でよく文明、文化を維持してこられたものじゃ。尊敬に値するぞい。テンシュ、少しは落ち着きなさい。まだまだ若いのぉ。ほっほっほ」


「……また話がずれちまったな。俺に頼みたい仕事ってのは何なんだ? いや、さっき道具を作ってほしいっつってたな。まさか……これ?」


「左様。これを何かの武器や防具にっちゅう話ではない。さっきも言うたろ? これを庇護しておると。巨塊騒ぎで職人が減った。これは事実での。群発地震とでも言うのかの。仕事にならんっちゅうてな。そしてその材料もとれん」


 店主は思い出した。

 隣村の農業が、土に栄養がなくなりつつあり作物が育たなくなった話を。

 そして森林の木々も枯れてゆくものが多くなったと。


「材料となる木材が、なくなってきた、と……」

「その通り。代わりの物を考えたらば、岩石しか思い浮かべん。しかし闘石の石も素材は石じゃ。必ずすぐにどちらかが欠けてしまう」


「待った。順番で話ししてもらわなきゃ納得できねぇ。まずこいつの正式名称は何だ? こっちでは碁、もしくは囲碁だ。呼び名は二通り。それは地域によって違うって言うもんじゃねぇ。どっちでも全国で通用するんだ。だがそっちは『陣取り』だのなんだのとたくさん呼び名があるようだな。ってこたぁ統一されてねぇ。だがその上生計を立ててる者もいる。つまりプロってことだろ? プロ制度がある競技だってのに呼び名がいくつもあるってのが気になる。そう呼ぶ組織があるってことだよな」


「うむ、確かにある。闘石で十分通るが、その呼び名に違和感を感じる者もいることも確かじゃ」


「その組織同士で意見が違うってんなら、王様が庇護する団体ってのは国から贔屓されてるってことじゃねぇのか? 間違いなく権力争いに繋がるぜ。そして俺が首突っ込むんなら、『囲碁』あるいは『碁』って呼び名も加わる。俺も多少齧ったことはある。そっちとこっちでルールが違うことを祈るしかねぇ」


「じゃあ私とやってみる? 私もちょこっとだけやったことがある。ルールがもし違ってたら、途中で終わればいいから」


 突然セレナが会話に混ざってきたことに店主は少々戸惑う。。

 この世界のことばかりじゃない。セレナの趣味や嗜好についても、この二十年間全く関心を持っていなかった。


 仕事以外、ここでは何も知らなかったな。


 そんなことをぼんやり考える。

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