交わりたくない相手と密会 5

「……正直どんなに金を積まれても、頼みを聞く気にはならねぇ。この世界の金の価値は俺には理解できねぇし、俺の世界の金を積まれても、積んだあんたがその価値をわかるかどうかってこともある。鼻くそをほじくって飛ばす程度の思いで、俺にとって大金に思う金額を出されても有難みもねぇからな。だが共通の価値観を持つ言葉は、そんな大金よりもはるかに価値はある。そんな感じが今した。ただ俺はこの世界のすべてを知ってるわけじゃねぇし理解しているわけじゃねぇ」


 四人は緊張を緩めた。天流法国法王ウルヴェスの話は、聞くだけは聞くという店主が譲歩した姿勢に変わったことに安堵していた。


「一国の主が、みんなが田舎田舎とうるさいこの場所に、側近の一人も付き添いなしに来たってのが引っかかる。だから法王が俺に話をしにきたんじゃねぇ。周りが法王と呼んでいるどこぞの年寄りが俺に会いに来たっていう認識で話を聞くってことだ。『俺達に騙されてそこら辺の年寄りを法王って呼んでたぜ、あのテンシュ』なんて馬鹿にされるのも胸糞が悪いんでな」


 安心していたウルヴェス以外の全員の顔が一気に青ざめる。

 よりにもよって法王に向かって偽物呼ばわり。


「ちょっとテンシュ! ほ、本物に向かってあんたなんてことを!」


 セレナに力なく笑いかけ、彼女をなだめるウルヴェス。

「ここにおるのはワシを法王と呼んでくれる者達と、自称法王と、その年寄りに相談に乗ってくれる『法具店アマミ』のテンシュ殿しかおらん。何も案ずることはない」


 今度はセレナがウルヴェスに怯える。

 立場の違いばかりではなく、流石にその力量が目に見えるように分かったのか、その差が彼女にそのような思いをさせているのだろう。


「お、畏れながら申し上げます。彼女は冒険者としては相当の力を持ってはいますが、市井人の一人。猊下に近寄られても、彼女は困る一方ではないでしょうか」


 イヨンダからの意見に苦笑いしながらも素直に受け入れるウルヴェスは、再び店主の方を向く。


「……では悩みを聞いていただこうかの……。巨塊……の話は聞いておるかの?」


「あぁ。ここの近所で店をやってる老エルフから、大雑把だが話は聞いた。あんたが王に就く前の国の王子が暴君ぶりを発揮して、父親の恩人を追い出してその恨みを買って巨塊になったとか呼び出したとか。これまで討伐を二回行ったが一回目で王子が取り込まれて国が終わる。二回目で爆発が起きたとかで、それに俺が巻き込まれてご覧の有様って状況だ。調査しに行ったら調査隊も意識不明っておまけ付き」


「お、おまけって……おちゃらけないでよ、テンシュッ!」

 店主の毒舌を窘めるセレナ。


 いきなり店主に話を始めたウルヴェスに驚くイヨンダ。

 一国の主が地べたで一般人に相談を持ち掛けたのだ。


「お、お話を始められる前に、床にではなく、椅子を……」


 イヨンダの後ろの役人の二人は、彼と立場が違うのだろう。何も出来ないほど震えあがっている。


「椅子なんていらねぇよ。このままでいい」

「お前に言ってんじゃないっ!」


「ってことはセレナに言ってんのか。お前随分偉くなったな」

「あ、あんたねぇ!」

 口が止まらない店主に、とりなしようがなくなるイヨンダとセレナ。


 ウルヴェスは力のない声で笑い出した。

「こんな事態でなければ心の底から笑えるのじゃがな」

「俺もとっとと自分の店に戻って晩飯食ってる頃だ。いい加減話聞かせてもらいたいんだがな」

 話の邪魔をするなとばかりにセレナとイヨンダを睨む店主。


 ウルヴェスは息を一つ吐く。

「その巨塊についてなんじゃが……テンシュ殿、巨塊の退治に協力してもらえんか?」


 店主についての話を聞いてきた彼は断られるのを予想しているのか、喉の奥からかすれたような声で店主に尋ねる。


 店主はウルヴェスの表情を見逃さないように顔を向けながらただ一言、即答で返す。

「拒否する」


 ウルヴェスは予想していたのか力を落とした表情は変えない。彼以外の全員は目を見開き固まった。

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