休店開業 1
その日の未明、『ホットライン』のメンバー全員がカウンター前に到着した。
「冠婚葬祭の習わしは全く知らん。俺がしゃしゃり出る必要もない。それに俺が知ってるセレナの知り合いはお前らしか知らねぇから、後は勝手にやってくれってとこだな」
「テンシュはどうするんです? 話聞きましたがずっとこっちに詰めてたとか」
「とりあえず向こうに戻るさ。俺はこっちの世界じゃ所詮、この店にとっちゃ都合の良い便利屋どまりだよ。お前らの方があいつにとって心強かろうしな」
「そんなことは……」
「そんなことないっ!」
言い始めたブレイドよりも先にキューリアが小さく叫ぶ。
しかし店主は相手にしない。
「それとここにいつまでいても向こうの時間はほぼ止まったままだが、日にちの感覚にズレとかもあったら困る。向こうの時間で四十八時間以内にここに来るつもりでいる。あいつの取り乱した姿でこっちに来られても困るなんてもんじゃねぇ。痴話げんかなんて思われちゃ、俺の立場がかなりヤバくなる」
「時間差がちょっと気になるけど、今はそれどころじゃないよね。わかった。こっちは任せて」
キューリアが「そんなことない」と繰り返しながらうなだれている隣で、リメリアが胸を叩く。
だが店主は、そんな彼らの反応に一切構わない。
「俺のやることはいつも通り。それ以上でもそれ以下でもねぇ。一日一回ここにきて、ここで作業して、ここで依頼を受けたらその品物を作って渡す。それだけだ。だが毎日同じ時間に来れるわけじゃねぇ。普段のあいつなら知ってることだが細かいことは忘れてるかもしれねぇ。そういう時は抑え込んどいてくれ。じゃ、また来る」
そう言い残し、店主は『天美法具店』に戻った。
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その一日は、店主にとっては物理的に二日分の労働。しかも一日目分の疲労回復は十分ではない。
生あくびも時々出る。流石に客の前ではしないが従業員の前では、つい気が緩んだ時に出てしまうこともあった。
「社長、私は一度、しっかり伝えましたよね? 覚えていますよね?」
「……プライベートに仕事を持ち込むな、だっけか。分かってはいるんだけどね……」
向こうの世界に行くようになる前の店主の生活も、仕事が趣味の生活をしていた。
「仕事が趣味なのか、趣味が仕事なのか。社長ってば、ホントある意味ストレス少なそうですよねぇ」
「手本にすべきなのかすべきではないのか……。大道、羨ましくても公私の区別だけはしっかりするように」
「わ、わかってますよぉ、大鳥先輩」
「でも明日一日あれば、その疲労回復は出来そうですよね?」
「明日? 大鳥さん、何かあった? ウチは定休日はないんだけど?」
店主は大鳥に聞き返す。
細かいことは忘れているかもしれない。
そう指摘した本人が、大事なことを忘れてるようではシャレにならない。
「社長の休養日でしょう? お忘れですか? 社長って色々頼りになるから、社長の休養日が来ると不安でしょうがない……」
あぁ、そうだった、と店主は思い出す。
休養日を届け出たことは思い出せた。だがその日が近づいていることには気付かなかった。
それにしても頼られるのは正直うれしいが、自分がいないときでも大船に乗った気分で休みたいものである。大道の言葉にやや不安を感じる店主。
「店主に限らず、誰かが休みの日はみんなでカバーする。いない人をわざわざ呼び出して仕事させるなんて、まるで都合の良い便利屋じゃないの」
突かなくていい藪を突いて蛇を出したようなことをした。
隣に座っている近い年齢の先輩である琴吹からも説教を食らい、そんな失態をやらかして気まずい顔をしている若手の大道。
「大道、俺だってそうだぞ。全部任せろなんてとても言えん。俺が就任前からいる東雲さんとか九条とか、人生経験豊かな香田さんとか……、時にはお前にだって頼ることあっただろ?」
言われてみれば、と大道は思い返す。
「困ったときは誰にだって頼っていい。けどその経験は自分の糧にしないと成長できないし、頼られた時に肩ひじ張ると共倒れになることもある。頼りたい誰かはいつまでもお前のそばにいるとは限らん。その人がいなくなった時にこそ、自分の力が試されるってことだよな」
昼食会に参加している全従業員が、頷きながら店主の話を聞いたり、話を聞き漏らすまいと店主の方を見たりしている。
店主はそう言い終わって料理を一口口に運ぶ。
食べながら、自分の口にした言葉が何かに引っかかるような感覚を覚え、その心当たりを思い返す。
「社長? 何かありました? 今日なんかこう……ちょっと変ですよ? 明日休養日なら今日早めに上がったらどうです? 俺ら全員でカバーしますから。それこそ今店主が言ったことを実践しますよ、なぁ」
「あ、炭谷君、真面目キャラになってる」
「お、俺はいつでも……いつでもかな? ま、まぁ真面目だよ」
「ウソでもいいからそこは自信もって言うべきじゃないか?」
「いや、九条さん。ウソでもって、それは俺にひどすぎる」
全員から笑い声が上がる。
「ごめんごめん。でも炭谷君の言う通り、店主。今日はもう上がっていいですよ。注文の品の作製、意外と炭谷君が社長のスキルに追いつきそうですし」
まさかこんな場で先輩の九条からの称賛の言葉が出るとは思わなかった炭谷が、顔を赤くして照れている。
石の加工作業は、今日明日だけなら彼一人でも十分。
石の力を知ることは店主のみしかできないし、その力を持っていなくても仕事は出来る。
それ以外の仕事なら、今まで休養を取っていた日の通り、みんなで仕事を協力し合ってもらっても問題はない。
万全の態勢が整い、頼もしいことを言ってくれる部下たちの言葉に甘えることにした。
丸一日休むことが出来れば、向こうで日を跨いで過ごしても日にちのズレは意外と修正しやすい。
「では今日の午後から明後日の開業時間まで店主に連絡禁止! ということで昼食会を締めたいと思いまーす」
いつも真面目な九条が、こんな砕けた口調になるのは珍しい。
それだけ店主に、気兼ねなくお休みくださいという心強いメッセージを送っているということでもある。
まずは店の二階でゆっくり休ませてもらおう。惰眠を貪ることを許されるなんていつ以来だろうか。
店主はそう思いながら昼食会を先に抜け、自室に向かった。
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