客じゃない客 がいよいよ

「言霊って知ってるか? 文字にすると分かるか。この世界にあるかどうかわからんし、厳密にいえばちと違うかもしれんが」

「何よいきなり」

「言葉の魂? へぇ、そんなのがあるんだ。口にしたらその通りになるみたいな感じかな……。呪文もそれに入るんじゃない?」


 いきなり話し始めた店主に、不審がるもついていくキューリアとヒューラー。


「口に出したらその通りになる。その因果関係は分からん。だが俺が口にしたせいでそうなったなんて思いたくもないし思われたくもないんだが……」

「ひょっとして、ウィリックのこと?」

「セレナってば普段からもあの人の事口にしたりしてたからみんなも心配しててさ。誰か付き添ってあげないとまずいんじゃないかって」


 店主はそれ以上何も言わない。


「……テンシュ……さん……? 上に……行かないの?」

「俺の作業……見てみるか?」

「作業には興味あるけど今は……」


 カウンターの前に立っていた店主は、後ろにある自分の作業場を親指で指す。

 その作業場の後ろに当たる方向には二階への階段。


「お邪魔しましょっか。キューリア」

「……う、うん……」


 ヒューラーは少しだけ表情を和らげる。

 店主は物を言わず作業場に着いて作業を始めるが、やはり日中のように集中して作業はできない。


「テンシュってさ……」

「んぁ?」


 ヒューラーに話しかけられ、つい店主は返事をしてしまった。その直後に舌打ちをする。

 ここでの作業中に話しかけられて、返事をしたのは初めての事。


「……優しいんだねぇ」

「え?」

「あ゛?」

 

 店主の舌打ちが二人に聞こえたかどうか。

 ヒューラーのその後の一言にキューリアも店主も自分の耳を疑う。


「お前、何言って……」

「セレナからも聞いたけど、この店に来るの乗り気じゃないんだよね? でもこうして面倒見てくれてるもん。セレナ、今気持ち落ち着いてたら絶対喜んでるとこだよ」


 宝石の加工道具を弄びながらつぶやくように答える店主。


「……んな話題にノる気分じゃねぇな……。お前らはあの男の様子は見たか?」

「見てないよ。どうして?」

「私もテンシュにあの人の様子聞きたいと思ってたんだけど……」


 キューリアの言葉に店主は答えない。

 沈黙が続く。

 その中で時々上から聞こえるセレナのすすり泣く声。二人がその声を気にして二階に視線を上げる。


「セレナ……」

「……まさかテンシュ……あの人……」


 キューリアが店主の方を向く。


「……俺の仕事、なんだかわかるか?」


「何よ、急に」

「魔法道具とかを作るのが仕事なんでしょ?」


 店主はなかなか作業を始めようとしない手を机の上に置く。


「それはこっちでの仕事だな。向こうでの仕事は……俺の仕事は、神具や仏具を作るのが中心だ。が、この世界じゃほとんど意味がない。まぁそれはいいんだが」


 二人は店主の次の言葉を待つ。


「宗教関係の道具を作るってことだ。そして宗教は人の生死を中心に関わる分野だ。医学では蘇生させる方法はあるが、宗教上の蘇生の方法はない。死んだらそれっきり」


「それはこっちの世界でもそうね」


「だからさ」

 店主は二人の方を向く。


 いつにない真面目な視線を二人に向ける。


「そういう場面にも立ち会うこともあるってことだ。……法具店の職に就いたばかりの頃はまだよくわからなかったが……死相ってのは確かにあるんだ。分かるようになっちまった」


 その視線は、そう言いながら下に下がる。

 二人はさらに次の言葉を待つが、店主は何の言葉も続ける気はない。


「まさか、テンシュ?」

「変なこと、言わない……でよ……?」


「……だから言ったろ。言霊って、確かにあるってな」


 店主はそれ以上語ることは出来ない。

 かと言って作業を続ける気も起きない。

 再び作業道具をただいたずらに弄ぶ。


「ここまで引っ張っといてすまんが……」


 しばらくしておもむろに店主は口を開く。

 無言のまま店主の方を見る二人。


「俺、ここで転寝するわ。向こうからは開店前の時間に来たからさ。このままじゃ寝不足のまま一日が始まっちまうんでな」


「え……」

「うん、いいよ。何かあったら起こしていいよね?」


「……あぁ。頼む」


 椅子に座り、階段に背を向けたまま店主は深呼吸を一つ。

 そして時々目が覚める浅い眠りについた。


─────────────────


「……シュー……ってば、テン……」


 ヒューリアが揺する。店主はうめき声もたてず、ただ静かに目を開けただけ。

 涙を流しながら店主を起こす彼女。その後ろに立つヒューラーは泣いている。

 それだけで店主はすべてを察した。


 二階からはセレナの泣き声。


「……午前、三時……か」


 店主はおもむろに立ち上がる。


「どちらか、あるいは二人とも、報せに行くなら行って来い。俺はまだここにいるよ」

「でもテンシュさん、そろそろ向こうに」

「気にすんな。ここは俺の……」


 そう。

 店主の、早く畳んじまいたいと思っていた店。

 早く縁を切りたい世界の店。

 早く終わらせたい関係を持つ奴(セレナ)がオーナーの店。


 そして。


「……俺の店だ。留守番の役は、俺だ」


「……うん、セレナを、頼むね。行こ、ヒューラー……」

 キューリアはヒューラーをなだめる。

「飛んでいく方が早いよ。周りに内緒だけどね。行ける?」

 

 キューリアを支えながらヒューラーは店を出る。


 言ってしまった。

 言霊の話をした後に、口にしてしまった。


 ゆっくりと椅子に座り、二階を見る。


「二人きりになれる、最期の時間だ。ようやく水入らずの時間を持てたんだろう? 水を差すほど野暮じゃねぇよ」


 店主はそのまま夜明けまで、セレナと憧れのお兄ちゃんの二人きりの時間を作業場で見守った。

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