休店開業 2
普通の睡眠よりも居眠りや転寝の方が気持ちよく目が覚めることが出来るのはなぜだろうか。
店主は気持ちのいい目覚めを迎えた。
だが「お休みください」とまで言われて休んだ場所は、布団の中ではなく二階の住居の作業場の椅子。
昼食後から終日、従業員達の計らいで急きょ休養の時間にしてもらった店主。
布団で寝るにはまだ早すぎる時間。そんな気分ではなかった店主は、住まいの作業場に足を運んだ。
休めと言われても急に休めるわけがない。
そういうことで、仕事ではなく趣味の範囲で宝石の細工をそこで始めたが、従業員達からのお墨付きもあったせいか、物作りの構想を考えているうちに椅子に座ったまま眠ってしまった。
どの作業場の椅子も、作業に取り組みやすくする目的で選んで購入したものだ。
その作業の内容は、宝石や店内に陳列する物を作るばかりではない。
どんなデザインにするか。どんな寸法にするか。誰に使ってもらいたいか。
そのような様々な構想を練ることから、製作が完了し完成するまでのすべての工程が作業になる。
それらの工程すべてにおいて集中できるような、座り心地の良い椅子を用意した。
この椅子で何度も、いつの間にか眠っていたという体験をしてきた。
出勤前に疲れが取れてなかったせいか、今回の睡眠はあまりに深すぎる居眠りだった。
目が覚めたのは夜中の十二時。五時間以上も寝ていたことに本人が驚く
しかし今回の目覚めの気分は晴れやかではない。むしろ気が重い。
セレナが憧れの存在と永遠の別れを告げたと思われる時間は午前三時。
店主が彼女に出来ることと言えば『法具店アマミ』の業務のみ。普段なら自分から拒絶する、日付を越えての向こうの世界の滞在。無理矢理店の仕事に託(かこつ)けて、自ら望んでその時間まで居残りをした。
改めて、なぜそうしたのかを店主は振り返る。
セレナに付き添ったところで、彼女のために何かの力になれることは絶対にない。
駆け付けてくれた知り合い達は、店主がいなくても彼女のためになることはあったに違いない。
他にも知り合いはたくさんいるだろう。おそらくは彼女も今までは、そんな彼らの誰かに縋ることもあったはず。
なのにあの時は、彼女は自らの意思で『天美法具店』にやって来た。
店主があの時、彼女にぬいぐるみを買ってやろうと決めたのは彼女が来たからであって、あの時点では店主がぬいぐるみを買う予定を立てるほど本腰を入れていなかった。
彼女がここに来た理由は店主が作ったのではない。そして彼女がこの世界に来る理由は、店主と店主が作る物以外に存在しない。
セレナが店主に求めた物は、店主が持っているセレナにない力。
そして店主は、一日に一度必ず向こうの世界に行く約束をさせられていた。
つまりセレナにはこの世界に来る理由がない。
机のライトだけが明るい、暗い作業場の中。
目を覚ました後に眠り損ね、再び睡魔がやってくるまでの長い時間、店主は出口のない問題ばかりが頭の中に浮かんでは、心を無駄に惑わせた。
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またもいつの間にか眠りに落ちていた店主が目が覚めたのは午前八時。
従業員達は休養日などと言ってくれたが、結局のところローテーションによる休日とそんなに変わりはない。
『天美法具店』は店主にとって、自営業が大きくなっただけという感覚を持っている。だから自分の休日は休んでもいい日だが、休まなければならない日ではないという認識である。もちろん従業員の休日は順守させてはいる。
だから休日も平日と同じ生活サイクルで過ごす。
普段は午前六時前には朝ご飯の準備にかかるが、起床時間がこんなにずれたのは店主に就任してから、いや、宝石職人として働いてからは初めての事。
「余所の世界の事なのに、大分巻き込まれてんな。くそっ」
疲労は解消されているようだ。だがずっと椅子の上で寝ていた店主は立ち上がる時に作業中同様体の動きにぎこちなさを感じる。
夜中は考え込み過ぎた。
そう感じた店主はいつものストレッチばかりではなく、普段は全くしていない筋力を使う運動も軽く行った。
頭脳と体の労働力のバランスがとれないとその人の能力を有効に活用しづらくなってしまう。
向こうの世界と往来する時には、『天美法具店』のドアをくぐらなければならない。
いくら休養日とは言え、ある程度の身だしなみは整える必要はある。向こうの者達からはどう思われようが構わないが、さすがに店の内外の視線は気にしなければならない。
休養日の人間が通過するためだけ店内を通るのは、従業員達からあまりいい目では見られない。
誰も出勤しないうちに向こうの世界に行くために急いで身支度を整えた。
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「仇を討ちに行くって簡単に言うなよ。ひょっとしたらセレナが本気出したら、俺達全員束になってかかっても敵わねぇかもしれねぇけどよ。そのセレナよりはるかに上の力を持つウィリックがあんな風になったんじゃ……」
「大体セレナもウィリックも、おまけに国軍もまとめて薙ぎ払われちゃったんでしょ? 生存してた人達はわずかだって聞いたし……」
「証言で分かったことだが、巨塊に取り込まれた者はゼロらしい。本体と対面できた者は一人もいなかったってことだ」
「本体にたどり着くまで一苦労ってことよね……それ……」
店主が『法具店アマミ』に異動しカウンターに近づくと、二階から何やら話し声が聞こえる。
『ホットライン』とセレナが何やら揉めている様子。
店主は二階に向かうかと思いきや、作業机に座り、道具作りを始めた。
『ホットライン』からの依頼された一人一品の道具作り。未完成の二人分のうち、一人分が完成間近。
そのラストスパートに取り掛かる。いきなり集中力を高め十分もしないうちに残り一人分となる。
椅子に座ったまま背中を反らし、ストレッチも兼ねて後ろの階段を視野に入れる。
「俺がいなくてもホレ、こうして相手にしてくれる奴らがいるじゃねぇか。心配する俺がバカみてぇだな」
誰かをバカにするような顔をする店主。
その顔で出た言葉は自虐。
「バカじゃないよ、テンシュ。ありがたいくらいだ」
予想外の方向から声をかけられて驚く店主。
声の主は、そんな感情むき出しの行動を初めて見たことで無邪気に笑っていた。
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