客じゃない客 7

「キューリアについてどう思う?」


 『ホットライン』のメンバーについてリーダーから唐突に質問がきた。


「えーと、そいつは……飛べる奴だよな?」

「……テンシュが最初に会った私達のメンバーですよ」

「あ、それは分かりやすい説明だ。で? こないだリーダーの従姉? と一緒に駆けつけてきたっけな。友人思いでいい奴じゃねーの?」


 質問に対する答えとしては、店主は決して間違ってはいない。

 しかしブレイドは肩を落とす。


「いや、テンシュはどう思ってるか、を聞きたいんだが」

「……客だろ? ほかに何も思い当たる節はないが?」


 質問をつけ足したブレイドに、店主はさらに真顔で答える。

 続けた答えにもいつもの店主節はない。

 だが聞きたい答えではない返事に、ブレイドは釈然としない。


「ということは、あまり気にするなってアドバイスでいいんじゃないですか? ブレイク」

「そういうことだな」


「気になるようなことを言うな。まぁ気にしないからいいけど」


「この人は……。彼女が初対面の時のことをちょっと気にしてるような感じなんですよね。まぁ高飛車なところは見え隠れしますがね。でも今回の事でかなり反省はしてるんですよ」


 店主は自分で言った通りほとんど気にしておらず、逆にそう言われてもどうしたらいいか少し困っている。


「じゃあ今日から一か月間、仕事してない日の昼ご飯で最後の一口は絶対禁止というルールで許す。っつかー何を反省しているのかさっぱりわからんが。ここで持ち出す話なのか?」


「どんな意味があるんだそれ……」

「……被害者は被害者意識を持っていない、ということでいいのでしょうか」


 その時突然、彼らの会話を止めるように大きな音を出してドアにぶつかる者がいた。

 痛がりながら店に入って来たのは、やはりチームメイトの超人種のエンビー。


「エンビー……お前何してんの? お前の体でドアにぶつかったらドアがシャレにならんぞ」


「大丈夫。気にするなリーダー。俺に痛みは感じない」

「テンシュさん……。そりゃあなたはそうでしょうよ……」


 一見大柄な人間だが、人を越えた筋力と寿命の人種。けれどもその体を持ってしても痛みを堪えるほどの衝撃を受けた。相当慌ててきたのは理解できる。しかし店主だけはさらに斜め上の反応。


「ドアはもっと痛がってるかもな。でも壊れたら俺、帰れるのかな」

「そりゃまずいだろ。のんびりしてる場合じゃないだろうに」

 そう言うブレイドもなかなかの落ち着きよう。

 しかしエンビーの慌てぶりは止まらない。


「ってぇ……! セレナは……セレナはどこだ!」

「二人の男に拉致監禁された。夜までには解放の確約されてるが。何の用だ? ブレイド」

「「だからテンシュさん……」」


 この三人のやり取りにエンビーは構っていられない。

 

「ウィリックが見つかった!」

「マジか!」

「本当ですか!」

「誰だそれ!」

「……テンシュさん、口調合わせなくていいから……」


「セレナと同郷で、俺達の大先輩の一人だよ」


 店主はセレナから、憧れのお兄ちゃんの名前は聞いていなかった。

「セレナの子供のころから世話になったとかいう、チームを組んだことがなかった冒険者。第二次討伐で行方不明のエルフの男ってことでいいか?」

「知ってたんですか? テンシュ」


 セレナの話と繋がった情報を聞いても、店主の心境には特に変化はない。


「本人からちょっと話を聞いただけ。道具の件はまた後にするか。どっか行くとこあるんだろ? 行ってきな。その間に俺逃げるから」

「テンシュさん……それもういいから」

「すまん、テンシュ! またあとで!」


 三人は慌てて店を後にする。


「見つかった、ねぇ……」


 三人が店から出たあと、店主は腕組みをして思案する。


「遺体が見つかったか、意識はあるか、五体満足か、能力は衰えてないか、普段と変わらないままか。心配のタネは尽きないな」


 そして思考はその話題から今朝食べたおにぎりに移る。

 自分で時々実験をしながら作る。


「ありったけの握力で握って作ったおかげで腹持ちがいい。昼飯抜きでも仕事できそうだ」


 嵐の後の静けさの店内。しかしその嵐は誰にどこまで影響を及ぼすのか。

 そんな心配は転ばぬ先の杖を作る基になる。だが転ぶ先が分かるから杖が役に立つ。転ぶ先も分からないなら杖の用意も目途がつかない。

 ならば今出来ることしかやらないのが、俺の立場じゃそれが正解。


 そんなふうに店主は気持ちを改めて作業を再開した。


───────────────────


「何か、見えづらくなってきたな」


 ふと気づくと店内は薄暗い。

 中から外の様子を見ると、日が沈みかけている。


 夕刻。


 視力が落ちたせいではなかったことに安心し、店内に明かりをつける。

 店主の世界では、電気による明かりがつけられる。スイッチだけで明るくなる。

 この世界では電力ではなく、魔力がそれの代わりになるようだ。


 いつもやっていた作業の途中での体のストレッチをすることもすっかり忘れるほど高まった集中力は、店主自身も久しぶりに感じられた。

 だがその分体は強張っている。

 いつもより丹念に体を解し、再び作業に没頭する。

 常連も一見も、あの後は客は誰も来ない。そんな日は珍しくはないのだが、何となく今日の店内は寂しげに感じる。


 作業の邪魔が入ったわけではない。だからまたすぐに集中力は高まるはず。

 そんな確信を得、現時刻を確認することもなく作業に入る。

 店内に響く、石を削る音。石に穴を掘る音。道具を机の上に置く際に出る音すら店内に響き渡るかのよう。


 店主の体感時間ではそれから間もなく、外はすっかり暗くなってしまっていた。


 チリン、チリン。


 カウンターではなく、店の入り口の呼び鈴がゆっくり鳴る。

 集中しているときは店主の耳に入ることがほとんどない音。しかし作業中の店主は我に返る。

 カウンターを見ると、エルフの二人が立っている。


「……ただいま」


 入り口からカウンターまで距離は相当ある。それでも店主の聞き慣れた声が静かに机の方まで届く。


「……お帰り」


 彼女の後ろにいる人物を店主は予想した。


「そちらは?」


 多分そうだ。きっとそうだ。

 だが一応聞いておくことにした。


「ウィリック。ウィリック=アーワード」


 セレナは名前だけを口にして一旦言葉を切る。


「今朝話をした、憧れのお兄ちゃん」


 彼女がそういうと、後ろのエルフの男は店主に向かって静かに軽く頭を下げた。

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