客じゃない客 6
椅子に座り、机の上で作業を始める店主。
その作業の速さはローギアどころかいきなりギアをトップに入れているかのよう。
作業を開始してから十分もしないうちに集中力が高まり、店主は周囲の雑音を気にしなくなった。
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リンリンリンリン!
カウンターの呼び鈴の大きい音が鳴る。
店主が驚いて作業を中断するほどの威力のある音。
作業を気持ちよく集中していた店主はカウンターに向けて怒りの目を向ける。
しかしカウンターでは、腕組みをして仁王立ちをしているセレナが、店主の怒りを上回る感情を眼力に込めて睨んでいた。
その後ろには見慣れない男が二人。
「な、なんだよ! 俺が何か悪いことしたかよ!」
「した!」
セレナが即答。
「なんで鍵開けてないのよ!」
「開店前に開店するわけにはいかねぇだろ!」
「開店時間後も夜中と同じ戸締りのままってわけにもいかないでしょ!」
「だったら出入り口にも呼び鈴とかつけとけや!」
「つけてるわよ! そこまで集中力がある人ってすごいと思うけどっ! それ以外に関知しないって随分不器用過ぎない?!」
セレナと店主の言い争いだけを見ていると、セレナの調子もずいぶん戻ったようにも見える。
しかし二人の間でどう立ち振る舞えばいいのか困っている二人がセレナのそばにいる。
「あの……」
「あ、す、すいません……」
その二人の存在をすっかり忘れたセレナが恐縮して謝るが。
「んだよ、そこの男は! 客か?!」
「テンシュ! けんか腰になるんじゃありませんっ!」
「お前は俺の母ちゃんかよ!」
「もう言い争いはいいから……。調査委員の人達なの。迎えに来たから行ってくるね」
「調査委員? そういや今まで迎えに来た奴らとはちょっと出で立ちが違うな?」
これまでは聞き取り調査だったが、これからはセレナからの申し出で調査協力という名目になるとのこと。
「じゃ、行ってくるから……」
その二人の正体とセレナの反応で急に店主は毒気を抜かれたように返事をし、三人の後姿をカウンターから見送る。
帰ってくるころには、いくらか元気は出るだろうか。
「憧れのお兄ちゃん、か」
店主は一言呟き、中断された作業を続けた。
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チリンチリン。
カウンターの呼び鈴が鳴る。
作業中に無理矢理こじあけて入ってくるような音ではない。
集中している作業を中断させられると気分が悪い。
が、今朝のセレナほどではない気分の店主はカウンターに目をやると、まだ見慣れていない常連客の二人。
『ホットライン』の、四本の腕が特徴の種族ブレイクことブレイドと大型ネコ科の獣人種族のライヤー。
全員揃った彼らが初めて店主と店の中で会い、退店する間際全員分の装備品の依頼を受けた。
「すまんな。四人分は出来たんだが……」
二人は驚いて顔を見合わせる。
「い、いや、様子を見に来ただけのつもりだったが。もちろん完成された品物は受け取りに来たつもりだが随分仕事が早いな。正直驚いた。」
全員分は完成してないだろうとは思っていたが、何人かの装備品が出来ているとは思わなかった二人。
「誰の分が出来てないんです?」
ライヤーが尋ねる。
「えーっと、ブレイドとライヤーっつったっけか」
「テンシュ、やっぱりあなた、名前と顔、覚えてるでしょ」
ライヤーからの追及を避けるように、作製した品物の保管庫にそれらを取りに行く。
「えーっと、……やっぱ覚えてねぇわ。体に特徴あるからそっちは覚えてるんだが、一人はちょっと作るのが手間取る。間違いなく長期戦だ」
「どういうことだ?」
ブレイドが説明を求めた。一度に六人の物を作り始めることは出来ないだろうから、順番による出来上がる時間差はあるだろう。だが全員の行動を初めて見たにも拘らず、誰かのはすぐに出来上がり、誰かのは出来上がるまで手間取ることはあるだろうか。
「能力を高める道具をどんなものにするかはもう当たりを付けてある。が、その説明がな。それを信じてもらえるかどうかまでは保証出来ねぇから……」
「リーダーの権限で、テンシュさんの言うことに従わせる。存分に作ってくれないか。で、誰のが手間取りそうなんだ?」
「ライヤー」
「私のですか?」
「え? ライヤーってお前だったっけ?」
二人は肩を落として溜息をつく。
「「テンシュ……」」
セレナ、どこ行ったんだよ……。
二人はそんな声なき嘆きを心の中で炸裂させる。
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「だから、それはヒューラーですってば」
「あぁ、わかったよエンビー」
「……だから、私はライヤーですってば」
店主はわざと呼び名を間違える。
それはもちろん二人にバレてはいるが、正しく覚えていないのは確かのようだ。
「よくこんな人をセレナはスカウトしたもんだ」
「まったくだよ、リメリア」
「それは俺の従姉だし。しかも女だし」
店主との会話に四苦八苦している二人。
その二人の様子を見て、何も考えてなさそうな顔つきの店主。
対照的な表情の二者。
「しかし、彼女にそんな秘密……って彼女にしたって秘密にしてたわけではないんですよね。でもその道具を作って使わせてみなきゃわからないんですよね」
「ま、見当外れってこともある。そんときゃその無駄な費用は当然こっち持ちにするからそれはいいんだがよ」
「いや待ってくれテンシュさん。いくらなんでも」
「お前らにとっては俺の腕はまだわからんだろ? それぐれぇサービスするさ。だから俺が納得できるモンはまず一回は言う通りに使ってほしいんだがな」
「そりゃもちろんですが……でもまさか、ですよ。そんなこと思いもしませんでしたよ」
しかし真剣に交わす会話は、何やら深刻な内容である。
「ところで話が変わるんだがテンシュさん」
「なんだ? 男」
いきなり性別を口にする店主に耳を疑う二人。
「お、男?」
「だって名前覚える気ねぇからさ。顔と体つきは覚えたがな」
「いや、君とかお前とかあなたとか、他に言いようがあるでしょうに……」
「じゃあリーダーでいいか」
「「もうそれでいいです」」
真面目な会話が終わるとこの有様。二人が実に気の毒である。
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