客じゃない客 5
セレナが表現した「爆発」。
聞いた話では、行方不明者が多いというイメージが強く、死者の話があまり聞こえてこない。
そして店主のイメージでは、必ず火が付きまとう。しかしその話は全く聞こえてこない。
「行方不明者がどうやって発見されたかは分からんが、どっかにいった物が戻って来る現象みたいに聞こえるんだよな。となると、俺らの世界での自然現象の『津波』みたいなもんかもなってな。津波の方向がこの世界に向けられたのか余所に向けられたのかは分からんが。ひょっとしたら俺以外の世界もあってあちこちに飛ばされて、それでも戻ってくるとしたら、津波だろ。ひょっとしたら俺の助けがなくてもお前、ここに戻ってこれたんじゃねぇの?」
「え……でも……」
「……ひょっとして俺、骨折り損のくたびれ儲けじゃね? お前ほったらかしにしても戻って来れると分かってたら、あんな目にもこんな目にも合わずに済んだのにな……」
「そんなことないよっ!」
食卓の上に置かれているものすべてが一瞬跳ね上がる。
それほどの力を両手に込めて、テーブルの上を叩いて短く叫ぶセレナ。
だが店主はそれでも反応は店主だった。
「料理、皿からこぼれるぞ」
セレナはその一言で、頭に上がったと思われる血が下がったようだ。
「もちろん津波の被害があったやつすべてが、また波に押し戻されて戻って来るわけじゃねぇ。だが全く帰って来ないってわけじゃねぇし、手をこまねいて黙って見てろって言うつもりもねぇ。調査は必要だろうよ。だがその爆発が起きた理由も考えりゃ……まぁ調査はかなり危険だろうがなぁ。だが被害者はお前ばかりじゃねぇってことも頭に入れとけよ? 今のところのお前にとっての被害は、憧れのお兄ちゃんが帰って来ないってのが一番でけぇ。だが他の連中は、親が、子供が、夫が、妻がって思ってる奴もいるだろうよ。そしてお前はここに戻って来れた」
おにぎりを一個食べ終わり、手についたご飯粒を一つずつ口に入れる。
「希望のない話を聞かされてがっくりするのも分かる。俺だって今まで生きて来てそんな話を聞かされたことが何度もあった。お前らより寿命短ぇしな。けど、お前は戻って来れた。お前自身が誰かにとって、大切な人と思われてるかもしれねぇだろ? お前の知り合いは『ホットライン』の連中しか知らねぇよ。けど俺の知らないお前の知り合いはたくさんいるだろ? そいつらは喜んでるよ。戻ってきてない心配な奴はいるけど、こいつは戻って来れたってな。しかも行方不明の間、お前は彼氏を作ることもなく戻って来たんだぜ? お前狙ってる奴からすりゃそれこそ朗報」
「茶化さないでよっ!」
切れ長の目で店主を睨む。
セレナには、普段の店主の言動を受け流せる余裕はまだなかった。
「じゃあそのツラ何とかしろよ。俺に何かしてほしいってんならそのままでいいがよ。俺がお前にやれるこたぁ、この世界での道具作りとそのぬいぐるみが精いっぱいだし、心の傷のなめ合いなんざ真っ平ご免だ。こっちはそんなに傷ついてねぇしな。大体俺に出来ることは数少ねぇし、お前には俺のほかに頼れる奴いるじゃねぇかよ」
そう言ってしばらくセレナを逆に睨み返す。
そして袋から二個目のおにぎりを出して食べ始める。
「お前が俺をここに引っ張り込んだのは大体予想はつくぜ? 俺のこの勘を使って売りもん作れば品質が良くなるとかな。そしてこの世界に、まぁ俺の世界でもそうだろうけど、そんな力を持つ者はいねぇんだろ? 濡れ手に粟ってつもりはねぇだろうが、俺を利用しようってハラは分かってたよ。だが俺にもこの世界の石はかなり魅力的だ。だから俺への報酬は石、しかもそこらに転がってるもんじゃねぇ、手に入りづれぇ奴ってことにしたんだよ」
店主の話は続くが、視線はご飯粒をこぼさないように持ち方を変えながら食べるおにぎりにしか向いていない。
「この店から身を引きてぇ。けどお前の押しに押されて、俺から報酬の件を持ち掛けちまった。好き勝手にほったらかしにしてサヨナラできる立場じゃなくなった。だからしなくていいことはしないつもりだったが……ぬいぐるみの件は、ありゃあ俺からのおせっかいだ。別にお前に気があるとかそういうわけじゃねぇ。正直言うと綺麗とかは思うが、結局住む世界が違うし人間じゃねぇし、寿命も人生経験も違う」
おにぎりを食べるペースを上げたのか、一個目よりも早く食べ終わり、用意してくれたお茶を飲む。
「お前にとっての俺の価値は、その程度だって自覚はあるし、別に腹も立たねぇ。むしろ俺の腕をそこまで評価されてうれしいとは思う。だが俺んとことここの二重生活は、何度も言うようだがすごくめんどくせえ。まぁめんどくせえってのはそれはさておいて、だから割り切れよ」
そういうと店主は席を立つ。
「茶化すなって言ってたが、中身は本音言ってるぜ? もっとも俺の言いたいことが伝わってねぇかもしれねぇがな。お前の生還にどんだけのやつらが励まされたかって考えてみな」
「……帰るの?」
「いつまでここにいても向こうに帰る時間は変わらないってのもこの世界の魅力なんだよ、手作業が多い俺にはな」
店主はそう言うと、おにぎりが入っていた袋を持ち上げる。
まだほかにもいろいろ入っているのか、おにぎりを取り出す前とそんなに膨らみは変わっていない。
「ここでローギアからトップギアに入るまで作業して、トップに入ってどんどん作業が進むあたりで向こうに帰るさ」
「テンシュ」
階段を下りるために一階の方を見た店主の背中から、セレナが姿を見せずに声をかける。
「んぁ?」
「作業中でもお客さんが来たら分かるように、呼び鈴つけて鳴らすように注意書きつけてカウンターに置いてるから」
「……そりゃどーも」
まだセレナには、店を再開できるほどには気力は戻ってきていないようだった。
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