客じゃない客 4
セレナが冒険者の道に進んだのは、子供の頃から遊んでもらったお兄ちゃんの影響だった。
幼心にそのお兄ちゃんを見るたびに、一緒に遊んでもらうごとに恋心が募る。
「初恋、なのかなぁ。でも今まで他の人に同じような思いを持ったことなかったな」
「そいつにはお前はどう思われてたんだ?」
「近所の年下の子、くらいじゃないかな? 私と同じ年代の子、種族も関係なくみんなから好かれてたし、私と同じように思ってた子もいたから」
「……告白したか? とかそいつに彼女とかいたか? とか聞く気はねぇ。その先進めろ」
その人物の話をし始めたセレナは、少しだけ口調に元気が戻る。
「私もお兄ちゃんのことは好きだったけど、好きになっていくうちに手が届かない存在みたいに感じてきたのよね。で、そのうちお兄ちゃん、冒険者養成所に入ったのよ」
「ちと整理させろ。王国時代の話でいいよな?」
セレナは驚いた顔をする。
セレナが調査協力で店に不在の間に、チェリムから軽く昔の話を聞いたことを告げると納得して店主に感心する。
「私が話してないことよく知ってたなってびっくりしちゃった。うん、まぁ二百年くらい前の話かな?」
今度は店主が驚く。
が、考えてみればセレナの年齢は三桁と言う話をどこかで聞いた。あるいは本人が語ったのかもしれない。
店主が自分の身を顧みた時、年上の異性に憧れたころの思い出というと、幼稚園に入る前の頃か。
セレナの種族に照らし合わせて想像すれば、それくらい昔の話になるだろうと納得はできる。
「冒険者としての実力は、養成所卒業した時点ではごく普通の冒険者って感じだったらしいけど、エルフって種族は魔力に優れてるのよね」
「こっちの世界では、一般的に長生きはするが、生命力は繊細なイメージ……。逞しいって言葉とは無縁な感じがするな」
店主にはあまり興味は湧かない。しかし従業員の趣味や一部の客からの情報で覚えるともなく覚えてしまった知識を口にする。
それは強ち間違ってはいないようで、セレナは自分たちの事を理解もらえたと喜んでいる。
「でも長生きする分成長期も長いから、意外と体力はつくのよね」
そう言いながらセレナは店主に力こぶを見せる。
その硬さは見ただけでも店主よりも上回っている。
この世界と縁を切る前にお姫様抱っこされてみるのも悪くはないかな? などという店主は妄想する。
「けどお兄ちゃんの場合は成長速度も凄かったっぽい。これは種族じゃなくて個体別の話ね」
「実力者の仲間入りってわけか。『ホットライン』より」
「上。はるかに上。トップクラスの集団の仲間入り。けどチームは組まなかった。足を引っ張るのが申し訳ないだって。その話聞いた人みんな呆れちゃったらしいの」
実力者が自分よりも力のない者達の足を引っ張るなど、謙虚どころか皮肉になりかねない。
店主は彼らの呆れる気持ちも分かる気がした。
「ということは、お前が冒険者になったのは?」
「第一次討伐よりも割と前かな。私も相当の腕利きって言われてるけど、お兄ちゃんにはとてもとても」
店主は第一次討伐から第二次討伐までの間を考える。
皇太子が取り込まれる。その混乱は相当大きい。国王の耳に届くのにおそらく大分期間は空いただろう。報告すべきかどうか迷った期間も長かったに違いない。報告なしで解決できる可能性にもすがりたかっただろうし。
国王の衰弱、そして親類の継承権放棄。王女の疲弊。当然補佐役が代理で国の舵取りをするだろうが、すぐさま法王は名乗るまい。軍事力も維持ばかりでは第二次討伐の編成は無理だろう。
国力も、皇太子の暴君ぶりで相当落ちたに違いない。
軍事力は落ちる。しかしおそらく、そのしわ寄せは冒険者達に来ただろう。
鍛錬も兼ねた実戦は、相当危険なことが多かっただろうが、そこを生き残った彼らはその分戦力を増強できたに違いない。
セレナはその人物との差を埋めることは出来ただろうか。
だが多くの実力者たちから慕われるセレナである。誰かと実力を比べるよりも、彼女がどれほどの力を持っているかという評価の方が現在の立ち位置を見計らいやすいだろう。
「俺は『風刃隊』と『ホットライン』しかチームと会ったことはないんだが、彼らとお前の冒険者としての実力は」
自慢になるかもしれないからだろうか、返事をためらっている。
「えーっと、まぁ『ホットライン』よりも相当上……ね。冒険者になったばかりの頃に所属してたチームと比べれば、私の方が下になると思うけど」
「お前の成長速度も普通ではなかったか。で……どこまで話したっけ?」
セレナの話を聞き、さらに推察もするものだから、少々混乱する店主。
「お兄ちゃんは実力者の仲間入りになったんだけど、チームに所属しなかったから偏りのない視点を持ってたのね。そこが斡旋所からも気に入られていろいろ優遇はされてたわね。宿泊施設の基本使用料が無料になるとか」
宿泊のみならタダ。浴室や食事などはその分の料金はかかるということらしい。
「第二次討伐にスカウトされた冒険者の一人になったんだけど」
話題はいよいよ店主が巻き込まれた時の話にかかる。
「お前、そう言えば何かの副隊長か何かになったとか言わなかったか?」
「……国軍だけじゃ数も戦力も足りないから、冒険者を勧誘したり参加を志望する冒険者達もその中に編成して討伐隊を編成したの。その中でいくつか隊が分けられた」
「『お兄ちゃん』とは別チームになったか」
「うん……。久々に会えたんだけどね」
セレナは表情を曇らせるが、話は続く。
「地震の話も聞いた? 私もお兄ちゃんも生まれはここじゃないんだけど、こんな田舎にも故郷や都会にはない物があってね」
「斡旋所とか鍛錬所とか?」
「そう。そればかりじゃなく、養成所もあるの。冒険者っていわば戦場のプロだから、素人を戦場に出すわけにいかないでしょ? まぁ冒険者としての教育を受けられる施設ってとこね。この二つがある場所って珍しいのよね。私はここに拠点を置いて冒険者として活動を始めたんだけど」
「そう言えば実力のある連中は、二、三日は町から離れなきゃならないほどの長丁場の依頼を受けるって言ってなかったか?」
店主の記憶力にセレナは驚く。ここまで頭が回る人だったっけ? そんな疑問を持ちながら話を続ける。
「そう、だからそんな依頼を受けてばかりになると、拠点を持つのが逆に不便になるのよね。私はそうでもなかったけど、お兄ちゃんもそんな冒険者だった」
「地震……隣町の人達が特に困ったって話だったな。お前の耳にも当然届いた」
「うん。お兄ちゃんもあちこち国や地域を回ったけど、どこでも隣町の被害のひどさが聞こえて来て、何とかしてあげなきゃって。その募集をしてた時に久々に会って、恰好よくなってた」
そう語るセレナの顔が少し上気づいている。しかしすぐに表情が沈む。
「……言いたくなきゃ言わなくていいぞ。俺と初めて会ったとき、爆発に巻き込まれたって言ってたよな。そして被害も尋常じゃなかった。無事でいられた者はわずかだってぇ話はチェリム爺さんから聞いた」
「キューリア達から聞いたけど、行方不明だった人の何人か戻って来てるって」
ぬいぐるみ騒動の時にあの二人が持ってきた話題がそのことだった。
「それって、ほんとに爆発か?」
「え?」
「いや、ただの表現の仕方の違いなだけなんだがな」
セレナは店主の言葉の意図を理解できないでいる。
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