客じゃない客 3

 セレナの部屋でお茶を飲む二人。

 普段の丁々発止の二人のやり取りは全く見られない。


「……『天美法具店』には、従業員がいない時間帯なら滞在しても構わん。あまり人目にさらしたくはない。こっちに来る条件はそれだけだ。こっちに来たいと思ってもそれ以外の時間はくるな。それと……そうか。一週間とか曜日の風習はないのか。俺の休日の予定表後で持ってきてやる。人目に触れない限りその日に来るのは自由……にしていいか? いや、予定表持ってきてからだな。それと……」


 店主は二杯目のお茶を飲み干した後ゆっくりと席を立ちながら言葉を継ぐ。


「ぬいぐるみの扱い方は人それぞれだ。が、人に見せられる格好で扱うことをお勧めする。誰も人が来ないって時にはそれこそ自由にして構わんだろうがな」


 セレナの目が急に赤くなってくる。

 店主はそんな彼女を見て、何か大切な思いを隠していることを直感した。

 ただ恥ずかしいと言うだけなら、目ではなく顔が赤くなるはず。

 しかし自分から探りを入れることではない。

 無関心を決め込んで、話を続ける。


「ベッドの周りにカーテンでもつけたらどうだ? それにそれだけ愛用してくれるんなら、買ってやった俺も悪い気はしねぇ。……今日この後こっちには来るのか?」


 セレナは無言で首を横に振る。


 昨日あれだけぬいぐるみの毛で散らかった床がすっかりきれいになり、見る影もなかったぬいぐるみが買ったばかりと思えるくらいに復元されている。


 復活の呪文でもかけたのだろうか。

 店主はそんなことをふと思う。だが死者を生き返らせる呪文は存在しないはず。

 あったら昨日のように泣きはしない。

 大切な誰かの、命の存亡に関わることがあったことは推察できる。

 しかしそんな呪文が存在していたとしても、生死不明の者にはかけたところでどうにもならない。


 それにしてもこうしてぬいぐるみを見ると、改めて大きさを実感する。

 ベッドに占領されているとしか思えない。部屋のどこから見ても存在感が半端ない。

 

「抱っこすると暖かい。」


 セレナはそう言っていた。

 暖かい物が必要なら、そんなものより暖房機の方がよほど効果が高い。

 そう思いながら何気なく遠目から眺めるが、白い色がわずかな範囲で変色しているのを見つけた。

 その位置は、セレナがベッドに横たわると、おそらく顔が当たる部分。


 それを見た店主は、いつも口に出る言葉を詰まらせた。


 面倒くさい。そして気が向かなかったら無関心。

 そんな姿勢をここでは貫く店主だが、悲しみに打ちひしがれた者に、さらに追い打ちをかけるような誤解を招く言葉をかけるほど非道ではない。

 となると今ここでこれ以上、セレナに何かをやれることは店主にはない。


「明日は……こっちも仕事中に抜けるのはきつい。開店する前に来るか。お前は別に俺を迎える準備しなくてもいいぞ。ただし素っ裸は止めとけ。まぁ普通だったら起きてる時間だから服は着てるだろうが……」


 少し空気が重く感じた店主の帰る足取りも重くなる。


「ま、仕事の報酬の宝石さえもらえれば文句もないし、お前が店をどうしようと別に構わんけどな。ここでの仕事があるうちは普通に来るさ」


 店主は何となく、『法具店アマミ』との縁が薄れているように感じた。

 そんな縁への手向けの言葉か、それとも単にこれから『天美法具店』に気持ちを切り替えるための強がりだったのか。


 外は、店主がこの世界で初めて見る小雨の天気に変わっていた。


───────────────────


 店主の作業の仕事は、石や宝石、時々木材を同じ大きさと形に整え、数珠を作るための材料を作ったり、儀式の参列者が身に付けたり式を執り行う関係者が使う神具仏具につける装飾品の材料を作ること。

 細かい作業が多くなり、たとえ時間がかかっても店主の人力によってのみ進めなければならない作業だったりもする。


 楽しい思いをした後に作業に取り掛かると、意外と作業は捗らない。

 興奮した感情だと、気持ちが平常に戻ったり思い出してその興奮がまたよみがえったりして、作業速度のペースが一定にならないからだ。


 逆に、セレナの部屋から帰って来て気持ちが浮き上がってこないようなときの方が、割と作業が思いの外進んで行く。

 納品の期限に合わせて作業をするのだが、その期限よりももっと短い期間で仕事を完了することが出来そうなほど。

 品質は上がるし依頼者からは喜ばれるし、『天美法具店』にとってはいいことづくめ。


「俺としちゃ、もっと後味良くしてから縁を切りたかったんだがな……」


 向こうの世界には正直未練はある。

 あの世界に存在する宝石の種類は、もっとたくさんあると思われる。それ比べて報酬でもらった宝石の種類は片手で数える程度。力は桁違いだが、こちらの世界に存在する宝石もその中に含まれているため、もう少し選り好みすればよかったと後悔している。


 翌日、そんなことをぼやきながら始業時間の二時間前に店主は向こうの世界に移動した。


「起きてるかー。爆睡してるなら爆睡してるって返事くらいしろよー」


 声をかけながら二階にに上がる。

 店主はすでに心に決めていた。

 また素っ裸でぬいぐるみにモフっているなら即帰る。そして今日はもう来ないと。


「おはよう。朝ご飯用意しちゃった。食べるよね?」

 二階ではすでに、セレナは普段着に割烹着という、炊事の時のいつもの恰好をしていた。


 空元気の声にも聞こえる。だが気落ちしてからのセレナの様子の中では、まだ安心して見られる姿。


「おぅ。だが俺はおにぎり持ってきたからお前の作ったもんは放置な」

「またそういうことを言う……。ま、良かった食べていいからね」


 店主の世界で言うところの、いわゆる洋食と言った感じ。食パンに目玉焼きにサラダ。スープはこっちの世界でしか口にしたことのない味だが、一般人の味覚を持つ店主をして美味いと評するレベル。


 いただきますの挨拶をしてから、店主は持ってきた袋からおにぎりを取り出す。

「テンシュ? あのね」

「目玉焼きに醤油かけるのが俺の中では常識なんだが、この世界にはあるのか?」

「しょっぱいのがいいなら、塩とソースと……」


 店主は唖然とする。


「塩をかけたらゆで卵食べてる感じがするし、ソースだったらオムレツっぽくならねーか? なんで醤油がないんだよ!」


「……こっちの世界にしかない物もあるし、そっちの世界にしかない物もあることくらい分かってよ。っていうか聞く気ないでしょ。でも話す気あるんだから聞いてよ……。何も泣く程ことじゃないでしょ?」


「醤油の有無は、俺にとって死活問題くらい深刻なんだぞ……。なんで今までこっちに醤油がないって気づかなかったのか……」


 セレナは元気のないため息を一つついてから話を続ける。

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