客じゃない客 2
従業員全員で昼食の時間を過ごすのが定番になった。
互いに交流を持ち、非公式に意見交換を交わすのも悪くない。そのおかげで大分店内で一体感というものを店主は感じ始めていた。
しかし断じてセレナのおかげとは言いたくはないし認めたくもない。
彼女自身はこの店にこれからどんな悪影響をもたらすか分かったものではないからだ。
「さて、私のおしゃべりはそろそろここまでかな? 午後からの業務の準備もあるし、ここらで抜けさせてもらうよ。それと、今日の加工の作業なんだけど、どこにいるか自分でもわからないから」
店主の作業場は三か所。店内と社屋と住まいにある。勤務中でも住まいの作業場で仕事をすることもある。
勤務中に自宅に戻り好きなことをする社会人はいないだろう。
だが店主はごく当たり前にそのようなことをする。
住まいの建物が職場と一緒だからということもあるのだが、九条からも散々注意されるほどプライベートとの区別をつけない。
しかし作業をするときはいつでも真剣で、そんな姿勢が従業員達から信頼と理解を得られたのだろう。 その場所でないと進められない仕事もあり、店主はその三か所を自由に行き来することを許されている。
「それにしても自分ちに作業場作るって、社長ってばどんだけ仕事にのめり込んでるんです? 僕はやっぱり切り替えっていうか、メリハリはつけたいなぁって思いますけど」
「大道君はまだ知らないんだっけ? 社長の住まいって言っても、仕事とプライベートごちゃごちゃにするくらい仕事……っていうか作業が大好きって人なのよね。だから私物を私達に提供したりもするよ。会社の方に図書室あるでしょ? 元々はあれ全部、社長の物だったのよ」
「げ、琴吹先輩、それマジっすか? 社長、どんだけ勉強家だったんすか……」
「俺は一度凝ったらとことん突き進むタイプだからな。好きに読んでいいぞ。読む時間内なら貸し出しも許す。知識の引き出しは多い方がいいからな」
「あ、話ずれたっす。じゃあ住まいの方でも作業するかもしれない?」
「あぁ。俺からの指示が特に必要な事態はないはずだ。社内で困ったことがありゃ東雲さんや九条さん、香田さんもいるから大丈夫だろ。販売の方は九条に任せていいよな?」
九条が頷く。
店主は全員分の勘定を自分のツケにして、全員で利用していた近所の食堂から一足先に退出する。
「さっさと向こうに言って厳重注意してやらんとな」
向こうの世界から帰ってくる場所は『法具店アマミ』の出入り口の外。帰って来る時間は今向こうの世界に行くその直後の時間。
従業員達に作業場へ行くとは伝えたが、そこに行くのはその大分先。作業場の近くに戻ることが出来たとしても、逆にそれは移動時間が早すぎて怪しまれること間違いなし。
帰ってくることも考えながら、別に気にしなくてもいいのだが周囲に人がいないことを確認し、店主は向こうの世界に移動した。
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「今日も休業の予定だったはずだが……二階か?」
『法具店アマミ』に着いた店主は、もはや勝手知ったるといった歩調でためらいなく二階に上がる。
着替えの途中などで素っ裸になっていたとしても、店主は気にしない。
「出てけ」などと言われたらそれこそ待ってましたとばかり出て行かせてもらうまで。この世界でしか手に出来ない宝石も、割とたくさん『天美法具店』の倉庫に仕事の報酬として持って行ってストックもしている。未練を感じることは全くない。
「あ、テンシュ。来てくれたのね。ありがとう!」
語尾に音符がつきそうなくらいに喜ぶセレナ。
しかし店主の反応は間髪入れず突き放す。
「黙れ、痴女が! とっとと服着ろ」
なぜかセレナは素っ裸で、魔法で復元したと思われるぬいぐるみに抱き着いて埋もれていた。
店主の予想の斜め上のセレナの言動に、呆れかえるばかりである。
─────────────────
「精神が病に侵された。間違いなくやられた。そう思ったんだがな」
セレナは普段着を着た後に割烹着を着てお茶を淹れる。
そしてお茶を飲む二人。ゆったりとした時間が流れる。
「茶を淹れるときにも割烹着を着る人はあまり、というかほとんどいない。着る人自体あまり見ないが」
そんな店主の感想もあったが、まずはお茶を飲んで二人の間の空気を改める。
「えっと、あの後メモの通りに魔法で直したのよ」
「……」
店主はセレナの話に興味を持たず、お茶を啜る。かといってお茶に気持ちを奪われているわけでもない。
「で、夜にお風呂に普通に入って、体拭いた後にちょっと躓いたのね」
「茶菓子ねぇのか」
セレナの説明も聞きもせず、店主は空茶では寂しいのか、キッチンの戸棚を探す。
「……それで、転んだ先にぬいぐるみがあって……。肌触りがね、すごくいいの。裸のままモフモフしちゃったのね」
「どこで覚えたその言葉」
「……寝間着でモフモフも気持ちいいんだけど、裸のままモフモフしたらもっと気持ちよくって、暖かくって……そのまま寝ちゃって……」
「確か茶菓子はこっちかな……」
二人はそれぞれ思ったことをマイペースで言葉に出す。当然ほとんど会話が成り立たない。
「今朝そっちから帰ってきた後はずっとそれに夢中だった」
「いいお茶菓子あるじゃねぇか。出そっと」
その肌触りの感触がまだ残っているのか、セレナの目はうっとりとしたまま。
そして全くその話に興味がない店主。
「ちょっと! テンシュ! 聞いてるの?」
「うるせぇよ。茶菓子出してやってるとこじゃねぇか。用意してるときに話し進めて、それで『聞いてるの?』はねぇんじゃねぇか?」
「こっちの話を始めたのが先でしょうよ!」
「うるせぇなぁ。ほれ、お前の分!」
「あ、ありがと……。それでね」
まるで店主に餌付けされているようなセレナだが。
「で、俺の分の茶菓子も用意できたはいいんだが、さっき飯食ったばかりで腹に入らねぇ」
「ちょっと、テンシュ」
やはり店主は店主を押し通した。
「それでね、キューリアたちが持ってきたニュースなんだけど」
「お茶お替り」
「……自分で淹れなさい。で、行方不明だった人達が帰ってきたり見つかったりしてるの。全員じゃないけどね」
入れ直したお茶を啜りながら、店主はセレナの様子を見る。
まだ元気がない様子。
行方不明者の中に知人がたくさんいれば仕方のないことか。
親しくなくても同業者ならば他人事ではないのだろう。
「恋人とか憧れの人が行方不明、とかだったりするのか」
店主の問いにセレナは何も言わない。
彼女が何も言わないので、店主もそれ以上何も言うつもりもない。
少しだけ、空気が重く感じた。
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