巨塊討伐編 第二章:異世界と縁を切りたい店主が、異世界に絡み始める
客じゃない客 1
店長の住まいはセレナ同様自分の店、すなわち『天美法具店』の階上にある。
ただ、二階のみのセレナとは違い、二階と三階の二フロアが店長の生活の場になる。
その一階がすべて神具仏具販売店のエリア。
外に出て宝石の塊を通り過ぎて隣の建物が『天美法具店』の事業部、いわゆる会社ということになる。
そしてその二棟はもともとは別の建物だったが、事業拡張の際通用口で建物の中を往来できるようにした。
両親はすでに鬼籍。親類も遠くに住んでいて交流もほとんどなし。一人暮らしである。
『天美法具店』に誰よりも早く出勤でき、しかも通勤ラッシュなどとは無縁の環境。
仕事が趣味。
というより、宝石や石の加工作業が趣味の店長は、その作業時は夢中もしくは無心に取り組むので従業員の中で一番ストレスの少ない生活をしているとも言える。
しかしそれが逆転している。
従業員の中で一番ストレスが溜まりそうな生活になりつつある。
そのストレスの元がいつやって来るのかまったくわからない勤務生活。
先日のぬいぐるみの一件以来、開店時間前、閉店直後に来るようになる。
「……何しに来た」
「テンチョーを見に」
セレナはにっこりしながらその一言で回答を終わらせる。
「俺は今から仕事だ。従業員の目もある。夜に行くから帰れ」
彼女の意向を無視する返事をすると、少しむくれた顔になる。
「お前のことがこっちの世界の人間にばれたらまずいって何回言や分かるんだ。俺だってあの後三人でどうなったか知りてぇよ。それにあの二人が持ってきた報せのことも知っときたいとは思うしな」
セレナはぬいぐるみという物を知らなかった。
そんな彼女に対し、優越感を持ちたくなったという気持ちはある。
店長は、こっちの世界と向こうの世界を比較して考えることが多くなった。
こちらの世界にも魔法、魔術という物が存在する。呪術や呪(まじな)いというものもある。それらの術により願った通りになったとしても、その術の影響であることを証明できることは難しい。
それに対し向こうの世界では、術を発動し、それが結果に現れることが誰の目から見ても明らかなケースがほとんどだ。それが目に見える形で利用されていることが多い。
だが向こうの世界での魔法の一つの雷撃があるそうだ。ところがこちらの世界では、電気を普段からの日常生活に活かしているし、逆に電気のない生活は成り立たない。
向こうの世界では、魔法を日常生活の中に活かすという発想はないらしい。
そして娯楽の数はこちらの世界の方がはるかに上回る。
まさかぬいぐるみを知らないとは思わなかった。
無理矢理向こうの世界に引っ張られ、挙句役立たずなどと罵られ、そのまま向こうの世界と縁を勝手に切られる。
店長はそれを想像するだけではらわたが煮えくり返る思いに駆られる。
向こうの世界で大いに自分の力を役に立たせる。その上で向こうの世界と縁を切る。
好き勝手に振り回されてばかりである店長の逆襲あるいは仕返しということだ。
優越感に浸るということは、こちらの世界には当たり前のように存在する物が、向こうの世界でも価値があり、しかも向こうの世界では手に入りづらい物や作り出すには難しい物であること。そして手を伸ばせば届きそうな場所に置いておき、届いた瞬間に取り上げる。
意地悪だの性根が悪いなどと言われるだろう。だがそれ以上に好き勝手に自分のことを振り回すセレナの方が性悪ではないか。
ましてや涙目でこっちに縋ってくるなど、あざといにも程がある。
だがまだ蹴り飛ばすには時期尚早。それをするには、こちらの世界や自分の価値をセレナの中でもっと高めてからと店長は企んでいる。
ひとまず今は、特に緊急の用事はなさそうなセレナを無理矢理帰らせる。
昼休み終了直前に、向こうに様子見に行ってみるか。
店長はそんな予定を頭の中で立てた。
セレナの転移の暴走が怖い。
先回りして止めるほかに予防の手立てがない。
向こうの世界にいる間は、『天美法具店』での仕事について考えることは当然ある。だが『天美法具店』で仕事をしているときは、店主の本業なので『法具店アマミ』の仕事を考える余裕はない。
だが『法具店アマミ』へ移動することも、セレナが『天美法具店』の招かれざる客となる恐れがあるため忘れてはならない。
見られても肝心な部分は知られることがないように、『仕事開始直前まで往復、実験』とメモ書きし、机の上に貼る。
『実験』は単なるカモフラージュ。作業の実験とも言い訳できるし、往復の意味も一階と二階を行ったり来たりする自分の行動などとも誤魔化せる。
まだ業務開始時間前で従業員は誰も来ていない。
セレナの姿を見せずに済み、一安心のため息をつく。
「仕事開始前にいいリラックスにはなったが、しなくていい緊張をする必要があるのは迷惑千万だよな……」
「おっはよーございまーす、社長。やっぱり社長が一番乗りですね」
「おぅ、おはよう。一日の最初に見るのはいつも真っ先に東雲さんと九条さんの顔なんだが、今日は久々に別の顔を見たな。なんか新鮮な気持ちだ。うん、炭谷、今日も頑張ろう。よろしくな」
気持ちを切り替えて、向こうの世界ではほとんど見せない笑顔で、出勤してきた一人目の従業員に挨拶を返した。
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