幕間 一:近所の客が昔話 3

 その粘液体の生き物は、最初は生き物だけを餌にしているものと思われていた。

 それは地中の奥に入り込む。

 そこに生きている動物などを取り込んで大きくなっていく。

 体の一部が体の中心から遠ざかっていくと、体の部分が硬化し石化していく。

 その変化から生じる現象が地震。

 地震が起きるたび、人々は戸惑う。

 最初は戸惑うだけだった。

 しかし地震の回数が続くたびに揺れが大きくなり、人々の心も惑い始める。

 不安を感じる人の数が増え、不安の度合いも強くなり、その人達が住む範囲も広くなる。


「推測じゃよ。じゃがそれを事実として検知したっちゅう話も聞いた。それも噂話じゃが、そういう部署が国にあるのは事実じゃよ。それに、ほかに大きくなる原因が見当たらぬ。いずれ皇太子への怨みつらみが発端ではあるから、まったく的外れとも思えん話でもある」


 根も葉もない噂ならその現象の原因については気に留めるまでもない。

 しかし調査の専門家がいるのなら、その組織の立ち位置や調査の仕方などは未知の世界ではあるが、その原因の一つに根拠はあるということは心の片隅にでも留めておく必要はある。

 

「そんなに地震がひどいとなれば、住民たちの被害も続くでしょうに」

「潜った先は、望郷の念があったんじゃろうかっちゅう話もある。巨塊が今いる場所は、魔導師の住まいがあった洞窟の山脈。その地下じゃ」


 そこを追われて人住む場所に降りたらば、魔導師の姿なぞほとんどの人は知らない。

 つまりそれくらい人里から離れているということ。人も足を踏み入れることのないほどの山奥の地下ということとなれば、確かに地震が始まったばかりの頃は、住民への被害はほとんどない。


「なるほどね。で、この後の話は長くなりますか? なるようでしたら、上でお昼のお食事でもいかがです?」

 チェリムは恐縮しながらも喜びながら有り難く店主の案内で二階に上がる。


─────────────────────


「ということで、王国が滅亡したっちゅうわけじゃ」

 あらかた食事が終わったあたりに、王国が終わる話も終わる。


「ってことは皇太子にも自覚があったってことなんですね。悪政を強いているってこと。上手くいったら自分に向けた恨みを消せるし、魔導師とのいざこざも揉み消せる。住民からの再評価の声も上がるが……」


「その巨塊に取り込まれ、まるで巨塊が皇太子の顔そのものになったようだとまで噂が流れとる」


「それにしても、下での話では当時の国軍の五割以上って聞きましたが、八割も討伐軍に編成したって……サバ読むってレベルじゃないですよ。それでもほぼ壊滅って……」


「ヤツの身体は結局は液体じゃ。どんどん地中に潜り込める。ところがこっちは様々な種族はおるし、巨塊のように液体の体に近い種族はおるが、ほとんどが骨や肉がある体。巨塊に行きつくまでの道を作り穴を掘らねばたどり着けん。戦闘の時間より穴掘りの時間の方が圧倒的に多かった。そこで疲労が溜まったのも失敗の原因の一つかの」


「悪政といい、強制労働といい、労りの気持ちがない指導者と言ったところですか」


 そんなタイミングでもし自分がこの世界に紛れ込んでたら、現実世界で行方不明どころの騒ぎではなくなってしまっていたはず。

 いや、今の状態でも指導者はいる。悪政どころか、その皇太子以上の悪どい者だったりしたらと、今更ながら店主はやや青ざめた顔をする。

 チェリムはそれに構わず話を続ける。


「うむ。そして遭遇したはいいが、向こうも襲ってくる。しかも液体じゃから上下左右至る所から襲い掛かる。逃げることが出来たのは、隊列の後ろにいた連中のみっちゅう話じゃ。巨塊も軍隊全てを取り込めるくらいに大きくなっておったらしい。そして急にでかくなったんじゃろうなぁ。取り込んだのは皇太子だけじゃないからの。大勢の兵士、魔術師、それにどうやら魔力も栄養分になっているのではないかっちゅう話もある」

 チェリムの最後の一言は、食後のお茶を飲みながらののんびりとした口調。


 しかしその言葉を聞いて、今度は店主の全身に鳥肌が立つ。

 魔力を含んだ体が石化して石になる。魔力を持つ石ということは、何かのはずみで暴発したら……。


「ひょっとして、爆発がどうのと言う話は……」

「ちょっとそこまで話が飛ぶと順番が狂うぞ。もうちょい辛抱じゃな」


 皇太子が巨塊討伐に向かい、壊滅し、失敗。

 後にこれを、巨塊第一次討伐と呼ばれるようになる。

 そしてこの一件で巨塊は急激に大きくなる。


「すっかり床に臥せるようになった国王は、一人息子の皇太子が巨塊に取り込まれた報告を受けたんじゃろうな。一気に衰えた。じゃがそれはその報告が原因ではない」

「ひょっとして、悪政の件も?」


「うむ。国王の耳に入らなかった一切の話が一気にそんな国王の下にやってくる。生きる屍にでもなっちまったんじゃなかろうかの。思いもせん報告が山ほど来るのじゃから。そしてその魔導師の恩恵を一番たくさん受けてたのは誰であろう国王じゃからなぁ」


 国王は息子を見て、賢いと感じた。実際知識も知恵も数多く持っていた皇太子。父親は、息子が賢王になれると確信していたが、実際は悪賢い皇太子。おまけに恩人を我が物にしようとして失敗。その腹いせに追放処分。国王の耳に届いたのはその魔導師が呪いを成功させ、息子が国軍の大多数と共に行方不明となった後。


 便りがないのは元気な便り。何の変哲もなく魔導師は平穏な生活を送っていたと思っていた国王がその実態を知った時にはすべてが手遅れ。

 国王が病に伏すに至るのも分からなくはないが、国王としてはあまりに何も知らな過ぎた。

 物思いに耽っていた店主が急に顔を上げる。


「どうした?」

「あ、いや、客が来たようです。ちょっと失礼します」

「待て待て。お主の仕事の邪魔をするつもりはない。ワシの方こそこんなに持て成してもろうて有り難かったぞ」


 二人は礼を言いあいながら一階に降りる。そこにいたのは。


「あ、いた。こんちはっす」

「今日はテンシュ、空いてるかなと思……ってましたが、先客がいましたか」


「……ワイアットか。『風刃隊』全員揃ってんのか。今日はどうした」

「いえ、そのお爺さんと一緒に上にいたってことは、何か大切な話でもありました?」

「いんや、そろそろワシも帰ろうかと思うておったところじゃよ、お嬢ちゃん」


 店主が慌てる。

「まだ全部話し聞いてないですよ。そっちの方が大事です。チェリムさん、いろいろ知ってそうだし」

「げっ! テンシュ!」

「どうした、ギース」


 ギースの大声に、何事かと店主は驚く。

 しかし彼から帰ってきた返事は。


「まともに会話してる!」

「「「「そう言えば!」」」」

「お前ら帰れ!」


 出入り口に向かって指を腕ごと真っ直ぐに差し、即答した店主。

 やはり店主は店主であった。

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