幕間 一:近所の客が昔話 2

「災いの源の巨塊は、生存本能のみで生き、動く……粘質の生き物じゃ。同種族の者はおるしこの町の住民にもおる。じゃが、同じ体質なだけじゃ。ありゃ邪な魔物。まさしく邪魔物じゃな。生き物なら何でも体内に取り込む。口なんてもんはない。取り込まれたら出られん。助けようにも手は出せん。そんな生き物じゃ」


 この町に災いをもたらす物が存在する。厄介なことに、その災いは目に届くところにはいない。そしてその脅威は自然現象に変えてやってくる。



 店主は詳しくはないが、客との雑談の中で様々な話題が出る。サブカルチャーもその一つ。詳しくはないが、聞いた話だけではスライムとかいう物に似ていると思った。しかしこちらの世界でも使われる言葉とも思えない。

 まずは聞くに徹することにする。


「あの生き物の生まれは……呪いじゃな。いや、恨みか。権力をむやみやたらに振り回した結果。そして振り回した者は……因果応報じゃな」


「自然に生まれた生物ではないということですか」

「うむ。魔術によって生まれた物。魔術師……いや、魔導師か。彼の者が己の身体を賭して体を変化させた物か異界から呼び出した者かまでは分からんがな」


 記憶をたどるように思い出そうとしても、当時噂話しか聞いてない事項については現時点でも憶測の域を出ない。魔導師がどのようにして巨塊とやらを出現させたのかまでを知ったところで一般人には対処のしようがない。ならば噂話を聞くだけで十分という気持ちが当時のチェリムにはあったのだろう。


「その魔導師をあやつと呼ぶからには、チェリムさんが知っている人物?」


「あやつがワシのことを知っとるかどうかは知らんし面識もないどころか、会ったこともない……と思う。有名じゃったからな。国で一番力を持っていた術師ということでの。が、今のワシみたいに隠居の身だったらしい。もっとも探究心はかなり旺盛じゃったらしい」


 こっちの世界で言えば、学者……研究者、その類か。宗教関係に例えたら、求道者と言ってもよさそうだ。

 店主はそんなことを思いながら、さらに続くチェリムの言葉に耳を傾ける。


「ワシとて知っとることのほとんどは噂話じゃが……」

 そういうと軽く咳ばらいを一つ。そして再び口を開く。


「研究熱心が行き過ぎて変人などと呼ばれることもあったが、悪口ではない。愛称だの。その研究の成果が日常の中や冒険者たちの仕事の役に立つことでその名が広まったのだからな。今言うたように人前に出ることを好まん人物であった。買い出しに出るのも半年か五か月かに一度。食料は山だの川だのから収穫したもので十分だったらしい。だがそれを我が物にしようとしたものがおった」


「話の流れを聞けば、国王ということになるんでしょうが……」

 店主の読みは外れる。


「国王のオルデン=ハンワードは徳王と呼ばれておった。まぁそれだけ善政を司っておった王じゃったが、身内には暗愚じゃったな」

「ならばその息子……皇太子、ですか」


「うむ。しかも悪賢くてな。己の悪行は徳王の耳には入ることはなかった。あやつが弾圧を始めたころには、徳王の健康も思わしくなくてな。皇太子の行動を咎めることが出来る者もいなかった」

「その魔導師の力を欲して拘束でもしましたか」


 いや。

 チェリムはそう否定して、お茶菓子を一口齧り。そしてお茶を飲んで一息つく。


『己の力は己自身と民のためにある! 力を集めるための道具ではない!』


 そう言い切った魔導師の啖呵は、奇しくもたった一度だけ息子を叱り飛ばした徳王、オルデン=ハンワードの言葉と一致した。


 何も物を考えない暴君なら、暴力沙汰を起こしただろう。

 そこが悪賢いと言われるゆえんなのか、そのような方法ではなく、魔導師が住んでいた山奥の洞穴から強制的に追放した。


「我が力にならない力なぞ、あっても世の中の無駄などと言ったとか言わんとか。隠していても悪事千里を走るとはよく言うたものじゃが、そのバレる悪行すらも徳王の耳には入らんかった。手綱を引く者は依然としておらんかったっちゅうこっちゃ」


「……魔導師はどこで魔法を研究していたのですか?」

「つくづくテンシュは鋭いのぉ。その住まいじゃよ。つまり、研究資料も二度と手にすることが出来んかったろうな。もっともその洞窟の中の物はすべて処分して洞窟も埋めたとか。これは噂話ではない。皇太子の懐刀と呼ばれる兵士部隊が動員されたからな。よく知っとるじゃろ? 何せ隣村での大騒動じゃったからな」


 歳月をかけて魔導師が得た成果はすべて、自分の手の届かないところに取り上げられた。

 隠居生活をしてたから、彼がどんな風貌をしているのかはごくわずかな者しか知らない。

 村や町に降りて来ても、みすぼらしい老人が来たとしか思われなかったと。

 後年、その老人が魔導師だということを知った近くの住民たちは後悔はしていたようだった。


「そんな後悔はされてもな、住民たちから受けた仕打ちが消えるわけでなし。じゃが住民たちも、徳王に代わって政権をとった皇太子が悪政をとるようになったもんじゃからのぉ。弾圧だの重税だので苦しんでおった」

 ちょっとした不快感でも感じさせる者に八つ当たりせずにはいられない。そう思う者も数多くいたのだろう。

 しかし苦しい生活の原因はその魔導師であるわけがない。魔導師は謂れのない迫害を、国のトップと住民達から受け、自分の居場所を失ってしまったのである。

 洞窟どころかその地域からも追い出された格好の彼に残されたものは、彼の身一つに備わったとてつもない魔力とその魔力を放つ魔術。


「住民たちからも迫害を受けた。そこから生まれた怨みつらみをすべて皇太子に向けて復讐を誓ったっちゅう話じゃ。じゃが実際はどうだろうなぁ。そんな怨みを受けたくない村人達がそう思いこんどるだけかもしれん」


 そこでチェリムはお茶を飲み干す。

 店主は慌てて新しいお茶を淹れた。


「セレナは最近日中出かけっぱなしなんですよ。昼飯と晩飯用意してくれてるんでどちらも多めにあるんですよ。もしよかったら話ついでにご相伴お願いできませんか?」


「……嬢ちゃんも辛かろうのう。差し障りない程度に大事にしてあげなさい。で、続きじゃ」


 できればこの世界とは無縁になりたい店主。しかし何も知らないまま自分が巻き添えになった出来事に振り回されるのも不愉快。

 その話は、今はチェリムからしか聞くことできない。


 さて魔導師は、魔物を召還したのか魔物に変化(へんげ)したのか。粘液性の物体が本能の意識をもって動く魔物がこの世界に現れる。


「さっきも言うたかの? 命があり……そうそう、自意識がある生き物じゃな。そいつが餌と判断するもんは。上下左右前後、どこからでもそういう生き物を襲ってその体に取り込む。じゃが一気に数多く取り込むことはできんようで、自ら地中に潜っていった。」


「体が分散でもするんでしょうかね。でもどんどん大きくなっていくことは間違いなさそうですが……」


「体の形が自由に変わる液体じゃが、体の中心から遠くなればなるほど硬くなるようでな」

「まさかそれが……」


「……そう。鉱物となるわけじゃ。じゃが共生できそうなどと思うでないぞ? 奴が大きくなる養分は生き物だけじゃなさそうじゃからな」


 店主は生唾を飲む。

 まさか空気じゃあるまいな?

 もしそうなら一気にその体は増大するにちがいない。国土から溢れるほどに。

 地中では空気は少ない。ゆっくり成長するいい環境だから地中に潜ったのだろう。

 地上では急成長すること間違いない。


 しかし店主のその予想も、幸いな事に

「外れじゃ。答えはな、人の感情じゃよ。特に、妬み、ひがみ、苦しみ、悲しみ、そういった感情のようじゃな」

「どこでそんなことが分かったんです?」


 実験で判明するような現象ではない。ましてや実験する者がいたとしたら、その命も危険に晒される。その可能性は間違いなく百パーセントだろう。

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