幕間 一:近所の客が昔話 1

「見事なもんじゃのぉ」


 『法具店アマミ』のカウンターの奥の机の上で一心不乱に店主が作業しているのは、冒険者チーム『ホットライン』からの依頼の件。三人目までの防具や道具の製作を完了させ、今は四人目の製作に取り掛かっている。

 『風刃隊』のメンバーの、爬虫類の獣人族の双子姉妹がバイトに来ていたが、一応最初の一区切りの十日間の期間を終えたところで、せっかくの縁と言うこともあり、『ホットライン』のメンバーから模擬戦の誘いを受けた。今頃はおそらくその二チームは鍛錬所で模擬戦を行っている最中。


 作業している店主の斜め後ろから、帽子屋チェリムが感心しながら見物している。


 店主に言わせれば、なぜかこの老エルフから懐かれてしまった。


 先の結婚式の贈り物の件。結婚する孫娘に贈り物を作ったのはチェリム。

 防寒具なので毛が抜けやすい、擦り減りやすいなどの欠陥を、『法具店アマミ』のオーナーという肩書のエルフのセレナが改良し、二人の合作として完成させた。それを受け取った孫娘夫婦はたいそう喜んだそうだ。


 この成り行きだけを見ると、店主はノータッチである。実際何も手掛けていない。


 だが、なぜかこの老エルフから懐かれてしまった。


 作業に一区切りついた店主は恒例のストレッチを始める。

 そんな店主の心境は、二度ならず三度も四度も同じことを繰り返して言いたい気分。「自分は何も手伝っていなかったのだが」と。


「気にするな。ただワシからそう思われておる。それで十分じゃろ?」

 そんなことをチェリムから言われるが……。


 なぜか懐かれた。


「こっちの作業中を見てるとき、チェリムさんはほとんど動かないからこっちも気にならないので気にしないんですがね」


「ふむ?」


「お茶とかお茶菓子とか何にもなしで見てるってのも大した集中力だなとは思いますが」

「……引退したつもりじゃったがなぁ……孫娘への贈り物を作り上げた後でお前さんの作業見てると、ワシもむくむくと現役続行したい気持ちが湧き上がってきそうでなぁ」


「人生引退しそうな印象受けましたがね。こないだの件の話では」


 長い時間店主の作業を見物あるいは見学するのはその人の勝手ではある。しかしこの店の近所の住人であり、親し気にしてくる相手に何も持て成さないのは流石の店主も悪い気がしたのか、お茶の用意を始める。しかし出てくる言葉はやはり店主節。小声だが。


「ん? なにか言―たか?」

「いえ何も」

「ところで今日はテンシュ一人か。セレナ嬢ちゃんはどうしたかの? 孫娘の贈り物作りが終わってから、また見なくなったの」


「またどっかに呼び出されてほぼ一日中いないことが多いですよ。なんかここんとこちょっと落ち込んでるっぽいんで何かあったかなあとは思いますが、こっちはこの仕事をしてるからいられる身なのでね。心配するより仕事優先ですよ」


「何じゃ。お主知らんのか?」


「何が? あ、そうか。チェリムさんには普通に自己紹介してませんでしたね」


 この世界の人間とまともに会話したのって、このエルフが初めてだな。

 そんなことを思いながら、セレナと出会った経緯を語った。


──────────────────────


「そぉ言うことかぁ。なるほどのぉ」


「何がなるほどなんです?」


「ふむ……ちと話は長くなるが構わんか?」


 『オルデン王国』。


 チェリムはいきなりそんな国名を口にした。

 そして語り始めた中身は、その国の、そんなに遠くない昔の話。


「オルデン・ハンワード。『オルデン王国』の正式な最後の国王の名前だ。ここはその王国の辺鄙な田舎よ。言ったろ? 貴金属店はないと。それほどまでの田舎よ。じゃがな、田舎町も悪くないもんでな。まず農業が盛んで町はほぼ自給自足の生活が成り立っとる」


「普通に生活する分には、他の地域の力を借りずに生きていけるってことですね」


「左様。そればかりか、鉱山から鉱物がたくさん採れて、それが他国に高く売れる。食いもんに売りもんがありゃ町は潤う。高望みしなけりゃ不満はない生活が送れるぞい」


 チェリムの初っ端の話し方で田舎と自虐しているのかと思いきや、この町に愛着があり、誇りに感じているようだ。


「じゃが鉱物が過剰に採れ始めた。それ自体は経済っちゅうもんには大した損害はない」


 いや、損害だろう。

 店主は即座にそう感じた。


 過剰に取れれば希少価値が消える。石や鉱物を見る店主の目には普通の人とは違う価値観を持つ。だが希少価値は、その大小の違いはあるにせよ、なぜ価値が高いかという理由も別になるのだが希少価値の存在は侮れない。


 国や世界の経済については、店主にとっては生活に密着しているようには感じられず、勉強しないと身につかない内容だが、宝石の価値が絡むと強い関心を持ちあれこれと調べ、知識を深めていた。


「いんや。ないんじゃよ。農業に比べればな」

「作物が育たなくなったとか? 例えば土が石に変われば農業に大打撃が起きる」


 発想力が豊かだのぉ。

 そう言いながら笑うチェリム。


「地震じゃよ。しょっちゅう起きる。地中の土じゃったところに大岩が移動する。下手すりゃ岩盤が移動するなんてこともあった。その地震の原因を止めようっちゅう計画があってな」


 地震を止める方法など存在しない。店主の住む日本でも大地震はあちこちに起きた。対抗手段があるとするなら、せいぜい予知の研究くらいではないか。


「有り得ないでしょう。自然のとてつもない力というイメージがあります」


「自然現象ならな。地震を引き起こす輩がいるんじゃよ。しかもそいつは、ただ生きているだけで地震を引き起こす。それだけ巨大なモンが地中にある。退治すりゃ地盤沈下とか、がけ崩れだの地割れだの、いろいろ被害が甚大になるじゃろうな」


 そうなると人が住むどころじゃない。そいつがどんな奴かはわからないが今こうしてあちこちに建物が建っていて人が住んでいる。その暮らし全てをぶち壊すような話ではないか。


「じゃが農業の被害がすでに我々の生活を壊し始めておる。あの忌々しい輩が、人として終わった後もこうして人々を苦しめておるのだからな」


 老エルフが初めて店主に見せる、憎しみがこもった顔。

 もちろん店主に向けられたものではないことは分かっていたが、条件反射で顔を逸らせたくなる。

 辛うじてそれを堪えるが、それでも思わず視線は逸らしてしまった。

 その所作を誤魔化すため、視線の先にあるティーカップに手を伸ばす。

 その間が空くのが、チェリムにとってもいいタイミングであったらしく、彼もお茶を口にする。


「天変は起こらんじゃろうが地異は起きる。それでも構わんとみんな覚悟を決めたと。ま、こういうわけじゃ」


 店主はセレナが自分に語ったことを思い出した。まだ無関心に徹しようと決める前。

 魔物の討伐がどうのと『天美法具店』に初めて彼女が来た時に語っていた。

 店主は、地震の根源と魔物の存在を一致させる。


「で、それを討伐した……? いや待て。あのとき爆発したってセレナが言ってたな。だったらなくなってもおかしくはないが……。まさか、その輩とかいう物はまだ?」


「察しのいい#者__モン__#は嫌いじゃないぞい。その通り。討伐隊は編成されてそいつ……巨塊(きょかい)とワシらは呼んでいる。ちゅうか、そう呼ばれておるモンじゃが、そいつを倒しに向かったんじゃが」


 巨塊、と店主は口にする。確か誰かからそんな言葉を聞いたような気がする。


 思い返そうとすると、なぜか頭の中に浮かんだのは、セレナの沈んだ顔。

 大勢の願いを達成したなら、少しくらいは明るい表情を見せるはず。

 ということは。


「失敗……しましたか」

「左様。しかも討伐隊も犠牲者を出した。討伐隊っちゅうても、斡旋所で依頼受けて出発する冒険者の集団とは違うぞ。軍隊じゃな。国の軍事力半分以上を討伐隊に組み入れたんじゃ」


「『オルデン王国』自体傾いてしまいそうですね」

「その心配は無用じゃ」


 チェリムは吐き出すように声を出す。

 再びお茶を飲み、静かに言葉を継ぐ。


「とっくにその国は、滅びたんじゃからな」

 チェリムはティーカップを持ちながらやや俯いて、その先の遠くを見るような目つきで力なく言葉をこぼした。

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