近所の客一組目 の依頼が達成されました

 この老エルフが生きてきた年数は四桁に届くだろうか。


 その分だけ耳や頭に入っていく情報量は多い。多く見積もっても四十年は届かない店長の生きてきた期間とは当然比べ物にはならない。

 それでもそんな若造の話にも耳を傾けている。それもまた生活の知恵なのか、人生経験から得た教訓なのか。


「おそらくは孫娘さんはチェリムさんには出席してほしい。けど出てほしい人を選んでいたら、外れた人から必ず妬んだり僻んだりする人も出ます。自分は誰に対してどう思っているかは自分では分かります。しかし誰にどう思われてるかは誰だって分かりません。まさかこの人からそんな風に思われてるなんて知らなかったってこと、たくさんあるんじゃありませんか? 自分もそんな経験はありますから」


 誰かと交流なしに生活できない世界で生きているならば、店長の世界もこの世界も人間関係に関しては似たような経験を持っているはずである。人の心をすべて読み取るような魔法がなくても似た経験をしていれば、その気持ちは十分汲める。


「ならば招待する人に条件を付ける方がいい。出席したかったという残念な思いを持つ人は多いでしょうが、そのことで意地悪をしたりするような邪な思いを持つ者はいないでしょう。事前に条件を付けていればね。二人のこれからの新たな門出となる厳かな式ですから、主催者側が余計な混乱を引き起こすことを避けるには最善の手段ですよ。チェリムさんだって孫娘さんには、これから先の時代を夫になる人と一緒に前を向いて進んでほしいと思っている。ですよね?」


 大きく力強くチェリムは頷く。健全な絆を持つ身内でそれを願わない者はいない。


「しかし久々に会ってそんなことを話ししても、その長年そんな重なった思いが即座に伝わるわけでなし。普段から頻繁に顔を合わせていれば気心は知れる。けどそうではなかったら、どう思われているか分からない。けど滅多に顔を合わせない相手にこうして手紙を出すってことは、孫娘さんの中でチェリムさんがいるってこと。そのチェリムさんと現実のチェリムさんはすべてにおいて同一で、孫娘さんは自分の中のチェリムさんに手紙を出したということじゃないでしょうか」


 店長の話に、先ほどの七夕の説明のこともあり、腕組みをして感心しきりのチェリム。


「照れくさいでしょうが言わせてもらいますよ? 孫娘さんにとってのチェリムさんは、親しみを持てる神様だと思うんです。そんな神様が、二人の、ひょっとしたら二人を取り巻く大勢の新たな門出のお祝いに、自分にだけ祝福を与えられるって感じてしまうのはどうかなとも思うんです。それにいつでも神様仏様は見守ってくださる……って仏様の話をしたら本題からずれるか。えーっと……、だから特別な豪勢な贈り物ではなく、しかも飾り物のように日常からあまり近くない存在より、なるべくずっと長持ちして、常にそばにあって役に立ち続ける物を贈り物にしたらどうかと思いますよ。いつもそばで見守っている。そんな象徴に思ってもらえたら最高じゃないですか」


 自分を神様に例えられるのは流石に恐れ多かったか。ちょっと慌てふためいたチェリムだが、贈り物の内容と意義については店長の言うことに納得しているようだ。


「だから記念の日に特別な気持ちを贈るという気張った物ではなく、ここまでの時代を生きてきた者が、次の時代を生きて行く者を見送るという気持ちの方での贈り物を届けるということでいいんじゃないですか? 受け取った物が喜ぶそんな物と言ったら……」


 店長の答えを誘うような問いかけ。そして視線をチェリムから四人に移す。それに応えるかのようにヒューラーが反応する。


「私が受け取る側で、そんな気持ちで贈ってもらえるなら、確かにテンシュさんの言う通りよね。そばにあったら便利な物は有り難いかなぁ。ちょっと現金な気がするけど」

「あぁ。俺も同意だ。そしてチェリムさん。俺よりも、孫娘さんが受け取って喜んでくれるそんな贈り物を作ることが出来る人がいるんじゃないですか?」


「どこにおるんじゃ? そんな……」


「あ! チェリムさん、まだ腕は衰えていないんじゃないですか? 防寒具! これからの時代も寒い季節は相変わらず来ますよ。その時に、それでそのつらい季節を乗り越える。見送りにも応援にもつながるじゃないですか!」


 キューリアが閃く。しかしチェリムは落ち込んでいる。すでに店は引退した身。退屈な時に気が向いた物を作るだけしか、物作りの作業には携わっていない。


「無駄じゃよ。二、三年も使ったらあちこちに穴が開く……」

「そこをウチで補う。『法具店アマミ』がね。そういう仕事なら歓迎しますよ。それくらいならセレナでも十分出来る仕事。いや、あいつならできる仕事だ」

「しかし本人がいないんじゃ……」


 店主の提案に躊躇うチェリム。しかし四人はセレナを説得すると張り切る。

 その後押しを受け、暗く沈んだチェリムの顔が次第に明るくなっていく。


「ならば、ワシの最後の防寒具を作る仕事になるかの。どういう具合につくるのがいいかの?」

「それならばですね、幾通りか工程は考えられますが、まず実際に作り上げるまでの流れの確認を……」

 二人の仕事の話が急に熱を帯びる。

 六人でセレナへの悪巧み、もとい、説得工作の計画を立てる。


────────────────────


 セレナが帰宅した時にはチェリムはすでに自宅に戻った時間。

 まだそれぞれ拠点に戻らないバイトと警備の四人が、チェリムからの一件について説得をする。


 セレナが請け負った、一日がかりの聞き取り調査はまだしばらくは終わらないが、チェリムからの依頼の期限は一か月。その合間に時間を見つけて取り掛かっても十分に間に合う仕事の内容。

 セレナは快諾する。

 記念品にもなり実用品にもなる防寒具の作製を、後に帽子屋と呼ばれる店を開業させ、世代交代してなおも続いている防寒具を扱うチェリムと『法具店アマミ』の共同で始め、防寒具一式二人分を完成させた。

 完成までに要した期間は七日間。ちなみにこの世界では月日の単位はあるが週の単位は存在しない。


「結婚式はまだだいぶ先だよね。喜んで受け取ってもらえるといいな」

「すごくどうでもいい」


「テンシュさん……お店にはともかく、お客さんからの依頼の仕事なんだからさぁ……」


 そう言えばいつものテンシュはこんなんだったっけ。

 四人は同時にため息をついた。

 


 孫娘の結婚式が行われた後、彼女からチェリム宛に手紙が送られてきた。その中に、贈り物を喜んで受け取ったことも書かれていた。その後で彼らもその手紙を見ることになるのだが、それはまた別のお話しとなる。 

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