近所の客一組目 5

 カウンターにティーポットと、茶が淹れられてあるティーカップが六つ。

 老エルフのチェリムの話に、店側の五人は耳を傾けている。


「ワシはいいんじゃよ。一族から離れてもな。むしろ、一族なしでは生きられないっちゅう制限がのうなった日々は快適じゃった。いや、そりゃあワシの思い込みじゃったかもしれんな。じゃがもしそうだとしても、後悔どころか満足以外の思いはなかったわ。子供らや孫たちも、それぞれ思い思いの日々を過ごしておる。それなりに満足のいく生活のようじゃ」


 話を聞いている二人はそれぞれお茶を啜りながら、老エルフの言葉を待つ。


「じゃが、ワシの子供、それにその先の世代の孫達は、エルフ種の同士とは仲良うしたいとは思ってたようだな。ワシにはそれすらも感じんかったわ。じゃがワシはワシが思うた通り、制限のない生き方をしたいと思うたし、子供らにもしてほしいと思うておった」


「何事にも囚われない意識を持つってことですね。それもエルフの本能っていうか、好まれる生き方かもしれません。でもそのように生きるには、大昔は力不足だったという話も聞いたことがあります」

「結局本能に囚われてることには違いないがの。はっはっは」

 キューリアの言葉に力なく笑うチェリム。

 お茶を一口飲み、語りは続く。


「誰もが好きに生きればよい。そうは思うが、その通りには出来ないこともある。相手の同意などが必要な場合じゃな。同士と共に生きたいと思うても、その相手がうんと言わにゃ、その望みは叶えられん」


 話を切って、安堵のため息をつく。何か引っかかることから解放された、そんな晴れ晴れとした顔をしている。


「孫娘な。相手の同族の者から、同情でも哀れみでもなく、対等に付き合おうて、結婚すると決めたらしい。相手の同意が必要なその願いが叶えられるっちゅうこっちゃなぁ」


 チェリムは懐から封筒を出す。どうやらその孫娘から来たものらしい。

 封筒の中の手紙を感慨深く取り出す。


「式場とか報せてくれたよ。じゃが、こっちは同居の家族だけの出席だと。向こうは一族総出のようじゃな。付き合い始めて五年くらいたつそうじゃ。一族とも交流を持って、大した可愛がられとるんだと」


「出席出来ない孫娘の結婚式に贈り物、ですか……」


 穏やかな笑顔を店主に向ける。


「そゆことじゃ。まぁ孫娘は何か欲しいなどと言うとらんから、まぁワシからの押し付けじゃがの」

「で、結局どうされたいんですか?」


 店主からの質問の意味を捉えかねているチェリム。

 他の四人も首をかしげる。


「? 今テンシュだって、チェリムさんは孫娘に贈り物をしたいと……」


「ですから、贈り物をしてチェリムさんは孫娘に何をしてもらいたいんですか? どう思われたいんですか?」

「どう……とは?」


 チェリムは店主の質問の意味が分からない。


「チェリムさんから贈られた物を受け取って、孫娘さんはどう思うのかってことですよ。贈り物なら結婚式の贈り物にしなきゃいけない理由はないでしょう? 囚われない、制限されないように生きる。そんな生き方を選んでおいて、贈り物は結婚式にこだわる。贈り物なら誕生日だの一年の始まりだの、他に探したらいくらでも贈る機会を見つけることが出来るはずなのに」


「そりゃもちろん、記念となる日だからな。いや、節目というべきか。応援したいと思うのは、情を向けられる相手になら誰でもそう思うもんじゃろ?」


「応援する思いなら、いつも持つことは出来ますよ。応援をしているだけではダメなんですか? 節目を迎えるその日に贈り物をするというのは確かに相手も喜んでくれるでしょう。ですがこれまでの日々の中で、何か接点はありましたか? 孫娘さんにはこれまでも、そしてこれからの日々もあるんです。それについてはどうなんですか?」


「ちょ、ちょっとテンシュ。私にも言っている意味が分からない」

 キューリアも口に出てしまう。そばで話を聞いている一方の双子も首をかしげている。


「贈り物をする目的を聞いてるんですよ。あなたが贈る目的ではなく、孫娘さんにどうなってもらいたいのかでもなく、どう思ってもらいたいのか、というね」


「テンシュさん。贈る側が相手にどう思われたいかってことまで考える贈り手はいませんよ」

「見返りを求めるってこと? それはちょっとどうかと思うよ?」

 双子は意見を述べる。


「それとはちょっと違うな。受け取った物を手にした相手がどう思うかってことだ。贈り物とは違うが、お前らから受け取った報酬も金と宝石だったろ? 俺は金を受け取ってもうれしくも何ともないからな。宝石だと仕事の腕を上げるための練習台にもなるし、出来上がった品物を店内に並べることも出来る。利点があるということだ。贈り物の中には、送り手の自己満足で終わってしまう物もある。そこに受け取った者への利点への考慮は意外と存在しないものだ」


 店主がすべてを言い切らないうちにチェリムは考え込む。


「うーむ……あの子は……こういう機会だからこそ記念となる物を受け取ってもらえることで、さらにその日のことをずっと忘れないってことになるかもしれんじゃろ? ワシは、それを身につけてもらった晴れ姿を見てみたいっちゅう気持ちはあるがのぉ」


「その姿は、二人あるいは両方の家族で決められるんじゃないですか? 晴れ姿に付ける装飾品なんて、その衣装に合わせないと台無しになることもありますよ。本当にそういう物が必要なら式場やそれに合う衣装を教えてくれるでしょうし、そうしてもらわないと依頼を受ける作り手、つまりこちらが困ります」


「テンシュさん、ちょっと待って。その手紙はただのお報せの意味かもしれないし、感謝の意味も込めて……だとちょっと意味合いは薄いかな?」

 ヒューラーがカウンターの上に置かれたその手紙を手にして検める。文面を読み直し、宛名を見返す。


「だが出席してくださいという招待状ではない。この内容の手紙は、チェリムさんのご家族には来ましたか?」

「お、おぉ。家族一同様という宛名でな。じゃがそれとは別にワシ宛に届いた手紙がこれじゃ。そう言えば個人宛にはワシだけじゃったな」

「失礼ですが奥様には?」

「だいぶ前に亡くなってな。この子も知っとるよ」


 店主は軽く謝罪する。いいんじゃよ。それより話を聞かせてくれとチェリムに促され、店主はその先を続ける。


「奥様がご健在なら、きっと奥様にも来てたんじゃないでしょうか。……式に出席するのは身内だけ。報せるだけなら文面の中身はそれで十分だし宛先もご家族一同で問題ないだろ。だがわざわざチェリムさん宛にも寄越すってことは、遠くから見守ってくださいっていうメッセージじゃないか? 七夕の短冊みたいなもんだな」


 物のたとえが店主の住む日本の風習だったため、二人に理解できない。

 その説明で話が横道に逸れた。

「なるほどのぉ……。言われてみりゃそんなもんかのぉ」

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