近所の客一組目 4
「そういう縁の問題は種族の内外関係なくあるのよね。私は見ての通りエルフの亜種。家族仲は良かったんだけど親類とかの一族の仲だとどうもしっくりこなくてね。ま、いろいろあったんだけど、家族からの応援もあって家から出たの。家族から離れることで種族の枠に拘ることのない縁が生まれるかもしれないからって。同じ種族の仲でも縁がない人もいれば、まるっきり種族が違ったり亜種同士で仲が良かったりする縁もあるのよね。それに……」
急にキューリアの声のトーンが低くなる。
「あのお爺さんも種族の九割以上がエルフの亜種なんだけど、エルフの種族からは縁が離れちゃってるみたい。自分のことは気にしないみたいだけど、子供や孫には負担だけはかけたくないようなこと言っててね。でも世の中悪い事ばかりじゃなくて、子供もその子供も、相思相愛の相手がエルフ族なの。チェリムさんの持ってきた話の今度結婚するお孫さんもエルフ族なんだって。そのお孫さんから生まれる子供はほぼエルフ種になるから、チェリムさんもホッとしてるんだって」
チェリムの話を他の三人も聞いていただろうが、キューリアばかりが話を続けるのは他人事ではないように彼の話を聞いていたためだろうか。
「生きてりゃ、ましてや配偶者がいりゃ嫌でも自分が抱えてる問題は自分だけでは済まなくなることもある。防寒具店での暮らしはどうなってんだ? 爺さん独り暮らしってんじゃないだろ?」
「跡を継いでるのは三人目の息子さんって聞いた覚えがあるよ。一緒に住む孫は五人くらいいたかな。その子供もいるとかいないとか。結婚するお孫さんは、親たちみんな一緒にチェリムさんとは別の所に住んでるって。代が重なると親しい思いは変わらないけど、なかなか顔を合わせる機会は見つからないみたいね」
ヒューラーはチェリムの家庭の事情は多少なりとも知っているらしい。確たる情報ではないにしてもまるっきり外れた話でなければこの一件の現状は店主にとって決して無駄ではない話である。
依頼は受けたわけではない。しかし店主は考え込む。
交流が少なくなった孫娘にプレゼントを贈る。それは果たしてどんな心境だろうかと。
「式場とか衣装とかは決まってるのかな?」
「チェリムさんの家族もそうだけど、まだ聞かされていないって。孫娘の家族だけで執り行うか、あるいは準備に手間取ってるのか……。あ、でもチェリムさんが持ってきた話は、ただの井戸端会議って感じだから。そこまで考え……」
途中で話を止めたキューリアに、店主は考え込みながら目を向ける。
「喉に何かつかえたか? 水でも飲んでろ。どうなるかは知らんがな」
店主がそう言うと、ヒューラーは満面の笑みを浮かべた。
「あ、いつものテンシュさんだ。人の話を長く真剣に聞くっての、初めて見たからさ」
店主はヒューラーに向かって顔を思い切り不快に歪ませて舌打ちをした。
「ところでさ。豆知識として聞いてもらえたらいいかなぁ」
キューリアが再び話を始めるの聞き、箸を動かし始める店主。話を聞いてばかりでなかなか食事が進んでいない。
この世界で唯一の箸使いである店主の箸は、彼の世界からの持ち込みの品の一つ。
全般的に器用に指先を動かすことが出来るエルフ種のセレナですら一目置く箸さばきである。
それを一つも動かさない店主へのヒューラーの指摘は的確だった。
「おそらくその孫娘さんって、純粋なエルフ種に近い人と思われるんだけど、他の種族の特徴を持つというおまけ付きだと思う。もっとも今の時代エルフに限らず、純粋な種族の人口の方が少なくなってはいると思うよ。純粋なラキュア族のうちのリーダーと副リーダーくらいかな。セレナも純粋なエルフでしょ? 獣人族や獣妖族は純粋な種族が混在している種族だから純粋とは言い切れないよね」
ヒューラーがキューリアの言葉に頷く。
「え、えっとうちのメンバーはどうだっけ?」
「リーダーは人間族でミュールはドワーフ族。ギースはあれでもエルフの亜種だね。言われてみればそうだね」
「へぇ、そうなんだ。でも人間族が冒険者って珍しいよね。魔力がほとんどないからさ」
ヒューラーは驚きの声を上げると、双子は複雑な表情になる。
それを見たキューリアに耳打ちをされ、申し訳なさそうな顔になる。
誰もが何やら事情を抱えている。会話ですら気を配る面倒さも避けたい店主は、チェリムの用事に話題を移した。
「で、その老人からの話は雑談で終わったのか? それとも依頼になるのか? 賛成はしないがサプライズでの装飾品贈呈となると普通に考えれば一か月やそこらで出来るかどうか。今日明日までに完成させてくれなんて依頼はまず受け入れられん」
「お、お爺さんが言ってた。午後に写真持って店に来るって。それで寸法とかは分かるんじゃないかって。日にちとかは手紙で知らせてきたからそれも持ってくるって」
双子の姉、ウィーナからの話を聞き、店主は『ホットライン』からの依頼は後回しとする算段を立て、急いで昼食を終わらせた。
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