幕間 一:近所の客が昔話 を終えたようです
この国の昔話の会場を、一階から二階、そしてまた一階で、新たに『風刃隊』の五人も加わって再開する。
「俺らも詳しい話は聞いたことねーよな。このお爺さん、聞かせてくれるんすか? お願いします」
「そうかそうか。若もんからせがまれるとうれしいもんじゃのぉ。さて、どこまで話したかのぉ。国王がやせ衰えてっちゅう話までだったかの」
店主は頷く。
「うん。皇太子は……巨塊に変わったと言っても差し障りないじゃろ。巨塊の体いっぱいに皇太子の顔が浮かぶことがあるっちゅう噂も聞いたしの」
「不気味ですね。悪政を強いた皇太子が、そんな魔物に変化して……。そんな運命だったのかもしれないわね」
「欲深い気持ちが体を超越した。そんなイメージよね」
途中から話を聞いた双子姉妹が口を挟む。冒険者の生活が浅い彼らでも、日常生活の中での悪政については十分経験済み。
「うむ。さもあらん。そしてその悪政は後継者の有無の問題にも発展した」
「悪評を挽回するのはなかなか難しい事です。ましてやその評価を下した者が国民全員ともなると……」
「悪りぃ、テンシュ。まともな会話がすげー違和感で気になるんだが」
「チェリムさんがわざわざこうして話してくれてんだ。話の腰折るっつーなら、話が終わるまで出入り禁止にすんぞ」
店主の低い声で脅すと、素直な感想を口にしたギースをはじめ全員が素直に言うことを聞く。
失礼しました。続けてください。
そう店主が告げるとこくんと頷いでチェリムは話を続ける。
「国王には子供は皇太子一人だけ。王妃も国王の看病疲れもあって心労で病に伏した。王の兄弟は、王が国王に即位してからは貴族の地位に就いた。後継者争いしようにも、徳王の二つ名の跡を継ぐんじゃ。貴族のままでいいと思ったんじゃろう。ましてや悪政の後じゃから、王家一族から王になろうとする者はおらんかった」
再度ギースが口を挟むが、それはチェリムの語りのアシストになった。
「あれ? 王政を支えていた司教様が舵取りをどうのって聞いたことが……」
「知っておったか。お主もエルフか?」
「あ、あぁ。ギースって言います」
風刃隊からは、ギースが意外に物を知ってることに感嘆の声が出る。
「うむ。天の流れに身を任すっちゅうことから名付けられた天流教っちゅう宗教の……大司教じゃったかな? 国王の補佐をしておった人物での。代理で王政を仕切り始めた。じゃが巨塊討伐後は身を引くっちゅう条件を踏まえた上の。で、法王と名乗っとるな」
「すると、その法王はまだその立場に在籍中と」
「その通りじゃ。で、第二次討伐が計画される。で、テンシュのお待ちかねの話に繋がるんじゃな」
「ひょっとして魔力の爆発の話っすか? あれも相当やばかったって話……」
「ちょっと! ワイアット!」
ウィーナが制し、しまったという顔でワイアットが両手で自分の口をふさぐ。
「どうした。ワイアット。ウィーナ」
「「い、いや……」」
ワイアットとウィーナは店主からの問いかけに口ごもる。
チェリムはそれっきり黙る二人を見て話を続ける。
「……とにかくオルデン王国は法王就任した時点で終了じゃ。天流法国と名前を変え、法王が指揮して最初の討伐にとりかかったんじゃが……」
「そういう情勢の変化って、あまり気にしないですね。国から俺達冒険者への……通達っつーんですか? そんなのが頻繁にない限りは……」
「それも致し方あるまい。こんな大事件になるまでは放置された町じゃからな」
「「ってことは、魔導師の住まいはひょっとして……」」
双子が互いに視線を合わせる。
「ここではない。隣町じゃが、魔導師への対応と似たようなもんじゃったかの」
魔導師の住まいの話は既に聞いていたが、この五人には初耳だったらしい。驚いてお互い見合わせている。
チェリムには罪はないだろう。だが、住民たちの魔導師への対応を抑えることが出来なかったことに悔いを感じている様子に、店主は今気が付く。
「……それで、第二次討伐は法国が行ったということですね」
「うむ……。それがついこの間実行されたというわけじゃ」
「セレナが俺のところに来たのはその時か……」
「さっきのお主の話を聞いたが、おそらくそうじゃな」
店主の身の上に起きた出来事とようやく繋がった。
「爆発って話きいたぜ? けどそんな様子がなかったからさ。大方逃げ帰ってきた奴が、自分の恥を目立たせねーための言い逃れとか、尾ひれはひれ付けた話だと思ってたけど……」
「何も火などが出る物だけが爆発ではないでな。火とは無縁の魔力の爆発っちゅうこともある。現に……」
「セレナさん、ですよね」
確認するミュール。
「次元を超えた爆発。俺にはそう説明してた。理屈とかは分からんが」
「普通の爆発なら、巻き込まれて死亡する者が多い。じゃが死亡者よりも行方不明者が多かった。巨塊の体の周囲で起きたもんじゃ。つくづく店主の読みは鋭いの」
「巨塊の体の中心から遠い、石化した部位に魔力が籠って飽和……ですか」
チェリムの話を聞き、推理した店主が口にする。
「討伐のタイミングが遅かったら、巻き込まれる者もいなかったろうがな。運が悪かったんかもしれん」
「じゃあ同じ規模の爆発が起きるとしたら、割と期間を必要としますね」
ミュールの推測もチェリムの意見と一致する。
「恐らくはな。じゃがいつそんなことが起きるかは誰にも予想できん。そして行方不明の者達は今のところ発見されることは数少ない。今後は分からんが」
「セレナさんは運が良かったんですね……」
どこかで聞いた覚えがあった。セレナの「この人のおかげで助かったのよ」と言う言葉。
大げさではなかったのだ。店主をこの世界に巻き込み何を企んで何をしようとしているかは知らない。だがそれだけは本音だったのだ。
そして帰ってきてから、どこかから呼び出されておそらく経過報告をし、知らない事実を聞かされたのだろう。
さらにここ数日、詳しい事情を聞かされたに違いない。
ひょっとして、多くの知り合いの消息も不明ということがそれで分かったのか。
元気がないのも当たり前の話。
チェリムから言われた一言。
『……嬢ちゃんも辛かろうのう。差し障りない程度に大事にしてあげなさい』
店主の胸に少し痛く突き刺さる。
上から目線で見下したのは気に食わなかったが、キューリアのセレナを案ずる態度もこの話を聞けばわかる。
戻ってくるはずがない者が戻って来た。馴染みの店は変わったけれど、どれほどうれしかったか。
「そして、おそらくは今度は調査隊が組まれるんじゃないかとか、そんな話もあるとかないとか」
「爺さん……チェリムって言ったっけ? 詳しいな」
「長生きのおかげでいろいろ知恵も回るもんでなぁ。ひゃっひゃっ」
ワイアットを煙に巻いた後、頃合いとばかりに腰を上げる。
「国の昔話はこんなとこじゃな。他に知りたいことがあったら気軽に声をかけるがいいわ。散歩しとるか、帽子屋で若旦那をからかってるかのどっちかじゃ。ひゃっひゃっ」
「帽子屋さんのおじいさんだったのね」
「お姉さん、知ってたの?」
「いつもの場所にいてもらわなきゃ、どこの誰だっけって忘れられること、多いよな」
ギースの呟きに四人が同意する。
「それにしてもお前ら」
「何? テンシュさん」
「お前ら、どこの誰だっけ」
「「「「「ちょっと待て」」」」」
あいつが帰ってきたら……下手に労わるより、いつもの調子の方が無難だろ。
その前にまずはこいつらからの雑用を片付けてからか?
いや、こいつらはどうでもいいか。まずは別のあのチームの依頼を終わらせてからだ。
そう思いながら立ち上がる店主の顔にはいつものめんどくさそうな表情が帰って来た。
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