常連客二組目との出会いもトラブルでした 5

『法具店アマミ』のカウンターの奥の作業場で店主が仕事を始めたのは、その世界で日付が変わった時間。


 店主がセレナと一緒に『法具店アマミ』に来てみると、バイトの双子と黒い羽を持つエルフの女冒険者キューリア並びに所属しているチーム『ホットライン』と思われる者達がいた。

 全員からの謝罪を受けるが店主は無関心。


「んなことよりも双子よぉ、お前ら明日はバイトどうすんだ?」


 店主自身や店の心配よりも、いきなり自分たち二人のバイトの話を持ち出されて戸惑う姉妹。

 しかし当然辞める気はない。ここでバイトを辞めたら糊口を凌ぐことすら難しくなる『風刃隊』。今日のトラブルを避けることが出来なかったことを気に病むが、店主にはそのことよりも仕事の報酬の取りまとめ役の方が大切のようだ。


「用心棒ではなく店の店員としてバイトしてもらうって言わなかったか? 余計なことに気を回すより、続ける気があるならとっとと家に帰って明日に備えろ」


 気持ちは前向きでも、健康を損ねられたら仕事にならない。もっとも一日二日徹夜しても体力を損ねるような連中ではないが。

 しかし今この場に居座られたところでバイトの仕事上では何の役にも立つことはない双子に、店主はそう言って双子を店から追い返す。二人が帰るところを見届けることもせず、残った者達からの依頼の件を改めて聞き出す。


「聞きしに勝る風変わりな……いや、とても特徴的な店主……あ、テンシュさんか?」


 こちらの世界では店主の名前がテンシュと誤解されている。が、なるべく疎遠でありたい店主にとってはその方が都合がいい。


「別にどう思われようとも構やしねぇし、お前らの名前とか種族だ何だってのもどうでもいい。俺が関心があるのは道具作りの作業だけ。その依頼を受けるか受けないかはお前らからの話を聞いてからだ。大義名分があっても俺が気に入らなきゃ引き受けねぇし、そんなもんがなくても引き受けることもあるかもしれねぇ。まぁ話を聞いてからじゃなきゃ何も始まらん。ただ……暑苦しいな、お前ら」


 依頼客は六人。

 全員が『風刃隊』のメンバーよりも二周りくらいは逞しい体つきに見える店主の第一印象。店主は改めて黒い翼の女を見るが、体格は彼らに見劣りはしない。


 左右二本ずつの腕を持つ筋肉質の男女二人。

 人の顔と体形ではあるが手足は鳥そのもので、全身は頭部ですら鳥の体毛に覆われている女。彼女の腕の下には鳥の翼に見える物がついている。

 ネコ科の大型肉食獣が人の体つきになったような男。

 一見人間だが、セレナよりも顔二つ分大きい体格で、体全体も筋肉で覆われている男。

 そして最初に『法具店アマミ』に押しかけて来た女。


 誰もがそれぞれに見合う金属のような素材の防具を身につけている。そのパーツの間から彼らの体つきがあふれ出ている。

 店主とセレナはカウンターごと、この六人に囲まれている。

 店の外からやって来る者が見たら、誰も店主がその中にいるとは予想もできない。

 そんな冒険者達が店主に依頼を持ち込んできた。

 見た目だけでもかなりの力の持ち主ということが分かるそれぞれの佇まい。

 依頼通りの物を持たなくても十分実力を発揮できる風格。


「まぁいろいろ理由はあるんだろうが、俺が作る物は美術品でもないし高値で売れる物じゃねぇ。実用品を作ることを念頭に置いてる。まずお前らはそんな物を希望するかってことだが」

「もちろんある!」


 四本の腕でカウンターの台を抑え、身を乗り出して即答する男の言葉に力が籠っている。


「俺達は次の世代の四十チームと呼ばれるカテゴリーで上位二十に入りかけてるんだが、そんな俺達でも手に負えない魔物とかを討伐する依頼が斡旋所にはあるんだ」

「住民たちが困ってるのを手をこまねいて見ているわけにはいかない。けれども斡旋所は達成率を上げてもらいたいという理由から、魔物討伐の依頼の中には我々に紹介出来ない件もあるようなんです」

 ネコ科の男が丁寧な言葉遣いで四本腕の男の後に続く。


 斡旋所とやらもいろいろ気苦労は多いらしい。

 力のない者達に無理難題は絶対にふっかけないのは『風刃隊』の苦悩を聞けばわかる。

 しかし見た目だけでも十分実力者と分かる者にも、むやみやたらに依頼を斡旋するわけではないことを知る。

 仕事を紹介した相手から、「すみません。依頼達成できませんでした」という報告を受けたなら、依頼主の問題解決はさらに長引くことになる。

 冒険者達の力を見極める必要があるのだろうと店主は考えるが、そこに職人気質というか、斡旋所のこだわりを何となく感じ取り、共感に似た思いを持った。


「セレナとはずいぶん親しくしてもらってたから、請け負える依頼の仕事をしながらセレナにそのための道具作りを依頼しようと思ってたの。何日かかかって他の地方での依頼をようやくやり終えて帰って来たんだけど、そしたら行方不明って噂が聞こえて来て……。頭の中真っ白になっちゃって……本っ当にごめんなさい!」

 黒い翼の女が腰から折り曲げ、店主に頭を下げる。

 セレナからの報告があった、キューリアである。

 が、店主は彼女ばかりではなく全員の名前も聞くつもりがない。


「べつに謝罪なんざどうでもいいけど……うん、やっぱりすごくどうでもいいわ。で、何を使ってどんな物をどうするかってのはお前らの頭の中にあんのか?」


 許してもらえたのか許してくれなかったのか判断に困る店主の言葉。その女は店主の言葉に不安を感じるも、店主の問いには素直に答える。


「私達の能力にあったものという曖昧な条件しかありません。私達の能力などを見て判定してもらった上で作ってもらえないかと……」

 

 日中の態度とは急変している。セレナは彼女に、彼女達に何を言ったか想像もつかない。

 だが推察するに、四本腕の男の言からすれば、彼らの力を大幅に上回っている上に専業冒険者から遠ざかってもなお力が遠く及ばない実力をセレナは持っているということになる。

 

 店主は思考が彼らの依頼からずれ始めつつあることに、頭を振って思い直す。

 結局のところ、彼らはさらに自分の力を引き出せる道具類が欲しいということなのだろう。

 しかしそう結論を出したところで何ともならない。


「分からん。ダメだ。雲をつかむような話だ」

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