常連客二組目との出会いもトラブルでした 3
突然『法具店アマミ』に来訪した、セレナの知り合いである黒い翼を持つエルフ種の女。
しかし店主と、その日からバイトを始めた駆け出しの冒険者で構成された『風刃隊』のメンバーである爬虫類の獣人種の双子姉妹にはそんなことは分からない。
互いに不信感を感じ、女は店主と双子を威圧する。
実力に圧倒的な差を感じながらも店を守るために立ち向かう姉妹と、店の継続はどうでもいいが作業場への侵入を止めるため引くつもりもない店主。しかし姉妹が立ち向かうために手にした杖を女が見て様相は一変する。
「……ちょっと……何よその杖?!」
腰に携えた剣の柄から手が離れ、目にも止まらぬ速さで双子の妹の持つ杖に手を伸ばし強奪する。
しっかりと握っていたはずの杖が消え、何が起こったか理解できない妹のミールは呆然とする。
「何なのこの杖……一体誰が……っつっ!」
女はミールが持っていた杖を手にし、まじまじと見つめていたが、女の頬からゴツッという音と共に物理的な衝撃が走る。
女はよろめきはしなかったが、その手から杖が消える。
いつの間にか店主はカウンターを越えて女の傍にいた。彼の手にはミールの杖。もう片方の手は力を込めた握り拳。
その後いまだにぼうっとしているミールの頬に向かって店主が平手打ち。
パシッ!
乾いた音が店内に響く。
「ちょっとテンシュ! ミール、大丈夫?」
妹を気遣う姉のウィーナ。
店主が女の頬を殴った後で、ミールの頬を平手打ち。
相手が女性でなくても日常手をあげるのは性別種族関係なく、普通の者がする行為ではない。
何より冒険者である。
顔には目、耳、鼻などの周囲の環境を知るための感覚器官がある。そして意思疎通の手段の器官でもある口もある。
冒険者にとって、その感覚を広げ、鋭くするのは力を伸ばす要素の一つ。逆に不用意な衝撃で感覚を鈍らせることがあれば、冒険者の引退の時期にも響きかねない。
戦場や依頼の活動中では顔や頭にダメージを負うことは多々あるだろう。だが日常の中ではそのような衝撃は加えるべきではないし受けるべきでもない。
「ずいぶん野蛮なことするのね。人の顔を」
女は軽蔑の眼差しで店主を睨む。しかし店主は全く気にしない。
「人の物を強奪して何が野蛮だよ。その頭に脳みそ入ってんのか? あぁ、空っぽだろうがどうだろうがすごくどうでもいい。おそらくお前が見覚えのない物は全部俺が作った。で、あんたがこいつから無理矢理奪った杖も、宝石と留め金の装飾部分は俺が作った。杖自体は元からあったやつだがな。あんたがどういうつもりで何を言おうとしてるのかは俺には興味がない。だが杖はこいつのためだけに作ったもんで、ほかの誰かが手にしたところでその価値は活かせない。#手前__てめぇ__#より明らかに弱っちい奴から奪い取るお前は何でも欲しがる幼児か何かか? いや、別にお前に聞きたいわけじゃねぇ。ただの盗人でいいや、お前なんか」
「随分と好き勝手な」
「それとお前なぁ」
店主の啖呵に言い返そうとするエルフ亜種の女を無視し、今度はミールの方を見る。
「テンシュッ!」
名前を覚える気がない店主は、どっちが姉でどっちが妹かの区別がつかない。この世界に来て初めて見た種族である上に双子。見慣れてないのなら仕方のない事だろう。
だが姉妹の区別はつかなくても、声をかける目的は果たせる。
五人の要望に応え、彼らが望む装備を彼らの能力に合わせて拵えた。それをあっさりと奪われたのだ。
戒めのために妹の顔を平手打ち。その顔のダメージよりも、叩いた店主の手のひらの方がその皮膚の厚さゆえに痛みは強いと思われる。
それでも姉は抗議の意志は弱めない。
「黙れ片方!」
しかし文句を言いたい思いの強さは店主の方が上回る。
「お前のために作ってやったもんを、戦場とかならともかく、こんな何でもない場所であっさり盗まれるってどんだけ間抜けだよテメェは! それだけ俺に作った物をぞんざいに扱ってるってことじゃねぇのか?! お前じゃねぇと本当の力発揮できねぇようにしたってのに、なぁに手放してんだテメェ!」
「ご……ごめんなさい……」
素直なミールの謝罪に店主は少し戸惑う。女と似たような反応を予想していたのだろう。
「……今度こういうことがあったら、お前にはもう作ってやらねぇ。いいな」
ミールへは怒りの感情を収めた店主は、戒めの思いを込めるように杖を彼女に手渡した。
ミールもそれに応えるかのように力強く頷きながら受け取り、杖はようやく持ち主の元に戻る。
ウィーナは何か言いたげだが、全面的に店主に非を認めたミールが何も言わないのを見てそれを堪え、ミールに駆け寄り優しく気遣った。
「お前ら一旦家に戻れ。俺には自衛の手段はあるが、お前らを守る力はねぇ。お前らもこいつにゃ敵わねぇんだろ? 用心棒で雇ったわけじゃねぇんだ。バイト料の心配も必要ねぇよ」
双子と女が対峙する姿は、人を見抜く力なくしてもその力関係は誰の目にも明らか。女の暴挙を制するには、この二人では戦力として当てにはならない。
双子には冒険者としては新参者の部類に入る。力不足の自覚はある上、バイトという立場でもある。しかも店主には自衛手段があると言うなら、その手段の存在が疑わしくてもそれに従うよりほかはない。
セレナが何とかしてくれているに違いない。
そう信じて二人は女になるべく隙を見せずに店を立ち去った。
女は二人が持つ杖の事が気にかかっていた。しかしそれ以上に案ずる件がある。
そんな双子には目もくれず、しばらく黒い羽の女は店主を無言で睨む。
「……私はセレナに用があって来たの。彼女はいるの?」
「さぁ? 興味がない。どっかに行ったとしか言いようがない」
店主はその視線と言葉をたじろぐことなく返す。
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