『法具店アマミ』初めての常連客と、トラブル体験 4

 セレナがエッズとパイリンと呼んだ二人の来訪者はセレナとは昔からの知り合いで、彼女の店に世話になったこともある。

 その二人は様相が変わる店に関心を持つが、店主の作った道具をけなすエッズ。

 この店の過去の事に無関心の店主はその客に向かって、文句があるなら自分の代わりに店の手伝いを焚き付ける。しかしセレナがその客よりも非力な、魔法も使えない人族の方が大事と宣言したのだ。


「おい、セレナ。こいつよりも俺の方が劣るって言いたいのか? いくらなんでもそりゃ有り得なさすぎる」

「ちょっと、落ち着きなさいよ。まだセレナから何も説明聞いてないじゃない。ところでこの人は……」


 店主は女の言葉を遮り、セレナを睨み付ける。


「なぁセレナ。俺にこんな腹立たしい気持ちで俺の方の店に出ろっつーのか? 非力なのは認めるさ。喧嘩になったら俺が即死だ。いや、魔法とか何とかより以前にまず腕っぷしが全然違うよな。俺が不意打ちしたって蚊に刺される程度だろうよ。けど俺も気分が悪くなることもあるんだぜ? 人だからどうとか。誰が作った道具はこうとか。俺の世界でも杓子定規で物を図る奴はいる。だがまさかこの世界にもそんな下らねぇことを言う奴がいるとは思わなかったな。それをお前は我慢してこの店をやれって言う。そんなもん、俺の世界だけで腹一杯だ。それでも俺の店だから我慢して続けることもあるさ。だがここじゃ我慢する必要もねぇ。俺はここを降ろさせてもらう」


 口調は静かだが、はらわたが煮えくり返る思いであることは店主の顔を見れば一目瞭然。


 店主は宝石加工職人時代から考えていた。

 この指輪はダイヤ何カラットだからどうとか、この式に出るときはパールを身につけるべきだとか、そんな銘で物の価値を決めたり用途を決めるよりも、それが持つ力の方にも目を向けろと。


 しかし宝石が持つ力の判別は店主だけにしか分からない。一部の人間を除き、誰もが一面だけを見て頭ごなしにその価値を決めつけてきた。その価値をもっと上げることができるのに。その手段があるというのに。しかし店主が持つその手段を誰もが無駄な努力と評価する。

 

 だが別の一面から宝石の価値が決められる世界があったのだ。無駄な努力と評価されてきた店長のみが出来うる作業に、頭を下げて感謝されるほどに評価してくれる人物が現れた。

 普通の人なら一笑に付す、魔法が存在する世界という夢物語。そこの住人と共に実際に店主は足を踏み入れた。


 自分の力を素直に表現できる世界とも言える。だからこそ、多少強引な面を見せるセレナに警戒しつつもこの世界での自分の作業に誇りをもって、こうして没頭できたのだ。

 ところがあっさりとそれを否定する人物も現れた。

 現実世界同様魔法なんてものがある世界でも、突然の来訪者から思い込みで物事を決めつけられて勝手に評価された。


 人の世界に来てまで絶望感を感じたくはない。


 『天美法具店』に帰るため入り口に向きを変えた店主の前に立ちはだかるセレナ。


「んだよ。力づくでも行かせねぇってのか? どけ。こいつらや常連さんに手伝ってもらえ。もう俺は知らん」


「私はっ! テンシュさんの味方です! あなたの力は、あなたの価値は、私が身をもって知ってます!」


 店主がこの世界に絶望を感じた直後のセレナの言葉は、店主の思考と足を止める。

 セレナは店主を押しとどめながら二人に視線を移す。


「エッズ。確かに私の身を案じてくれたのはうれしい。けどテンシュさんの言う通り、それは誰かにとって必要な道具なの。その道具を作ったのは私達だし、それを欲しいと言った人のために改良された物なの。エッズのために作った物だったら作り直すべきでしょうけど、そうじゃないでしょう?」


「セレナ……お前何言ってんのか分かってんのか? 俺をバカにしたも同然だぜ?」


「エッズ……いつも言ってるでしょ? なんでそんなに喧嘩っ早いの! 大体……」

 パイミンと呼ばれた女が男をなだめるが、男の方は耳を貸さない。


 自分の後ろを見るセレナに釣られ、店主は後ろを振り向く。目に入ったエッズと呼ばれた男の動きを察知した。



 どこの道具屋も相手にされずにさ迷い歩いて、ようやく自分たちの話を聞いてくれる店を見つけた連中がいた。

 条件と引き換えに話を聞いてもらうという口約束だけで大喜びしていた彼ら。

 自分たちから進んで希望に満ちた目で仕事を手伝い、話を聞かせた彼らはそれぞれが選び、それぞれが考えた理想の欲しい物を語った。

 その期待に間違いなく応えられる、店主とセレナが時間との勝負で作り上げた道具。

 来訪者の男の片足が動くその目的は、道具を踏み躙り壊そうとする行為であることを店主は見破る。


 それをしたら自分の体はどうなるか。そんな思考までもが停止し、職人としての本能が咄嗟に店主の体を動かした。


 道具に体当たりして、その足が踏むであろう位置から動かす店主。


 自分の作った道具に組み込まれた宝石が道具と共に無事という安堵と、なぜこんな面倒事に巻き込まれなければならないのかという恨み言で心の中が充満する。


「いくらなんでもやりすぎでしょ! 相手は一般人なのよ!」


 女が叫ぶ。

 店主の背中にはその男の足の爪が突き刺さる。誰もがそう予想できる一寸先。だがしかし。


「気に食わなきゃ魔物だろうが貧弱な野郎だろうが同じ……いっ!」


 男は軽く上に吹き飛ばされ、仰向けになって床に落ちる。ただそれだけの事だがそれでもかなりのダメージを受けているようで、すぐには立ち上がることが出来ない。女の視界はその男の動きを把握できず、男が消えてその向こうにいるセレナの姿と床に横たわっている人の大きさの白い光が目に入る。

 その白い光の元は、店主に向けたセレナの手のひら。

 もう片方の手はその男に向けられ、液体が沸騰するように赤黒い光が蠢いてその手にまとわりついている。

 それを見て女は慄き、倒れた男はその手を忌々し気にたじろぎながらも睨み、恐る恐る立ち上がる。

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