『法具店アマミ』初めての常連客と、トラブル体験 5

「まさか冒険者の実力者と呼ばれる人が、普通の人に危害を加えるとは思わなかった。しかもテンシュさんはただの一般人じゃないの。この人は私を助けてくれた恩人なの。その人に手を下すつもり? 確かあなたたちは次なる希望の四十チームって斡旋所から指定されてる一チームだったわよね? 私が言うのもなんだけど、単独冒険者十傑(アローン・テンポイント)に名前を連ねたことのある私にどこまで迫れるかしらね?」


 静かにそう語るセレナの目には殺気が漂う。

 自分の恩人を足蹴にし蹂躙しようとする者を許せる者がいるだろうか。


 斡旋所に登録される冒険者たちは、個人やチームで依頼の仕事を引き受ける。

 その達成数や達成率によって、彼らの実力はランク付けされている。


 単独冒険者十傑(アローン・テンポイント)とは、チームを組まず一人でどんな難易度が高い依頼でもこなす上位十人のことを指す。

 しかし今現在では、単独で依頼をこなそうとする者はいない。チームを組むことで、いろんな冒険者の職業の特性を依頼解決に活かすことでその功績を上げやすくなるためだ。


 今ではランキング二十位までのチームは、まとめて上位二十と呼ばれている。

 次なる希望の四十チームとは、その上位二十の下にランクされて、上位二十の中にもうじき入ると思われる四十チーム。

 この六十チームは冒険者達にとって彼らは憧れの存在であり、目標でもある。

 しかし彼らでもってしても、すでに廃止されたそのカテゴリーの十名には敵わないと言われている。

 その十人の中には突出して高い専門職特有の能力を有する者もいるし、一人で多種多様な職業の特性を所有していた者もいる。その中の三人は冒険者を続けていると思われるが、他の者は行方不明になったり引退したり、そして兼業で時々斡旋所で依頼を受ける者もいる。しかし単独で難易度の高い依頼を受ける者はおらず、チームの助っ人として顔を出す程度。


 セレナもそのカテゴリーの一人。恩人に向かって害を為そうとする者に、本気を出さないはずはない。


 冒険者チームは五人から八人くらいの集団である。冒険者一人で実力高いチームをはるかに上回るなど、今では考えられないし眉唾と思われる話と思われることもある。

 しかし彼女の放つ殺気は、この二人にはそれが真実であると思わせるに十分に価した。


 女は男に謝罪を促すが、男は頑なに謝ろうとはしない。その代りそれ以外の言葉も発せないまま男は後ずさりながら入り口のドアに近づき、一気に外に駆け出してセレナから逃げ去った。

 女の方は手を合わせセレナに詫びながら男を追いかけて店から立ち去る。

 光に包まれて、外部からその姿を見られることはなかった店主。彼もまた光の外で何があったのかは把握できず、自然に光が薄らいでムクリと起き上がったのは二人が立ち去った後。

 三人の間でどんなやり取りがあったかもわからない。

 店主は自分の体のあちこちを探る。だが異変は一つも見当たらない。


「……体におかしいところはないが……何なんだよ今の。」


 セレナの様子も普段と変わらない。店内も、店主たちが手掛けた道具の位置以外変わったところは全く見られない。

 店主は体についた埃を払いながら立ち上がる。


「私の守護の力を付けました。私がそばにいたら直接守ってあげられますが、離れていても同じような効果を得られる魔法をかけたんです。テンシュさんが自分から問題を起こすことがない限り、この世界で危害を加えられることはありません。作業中の怪我はあるかもしれませんが」


「守ってもらえることと安心できることは違うだろ。いくらそんな力がついたっつっても危険を予測して回避するのは本能だし、何が起こるか分からねぇ。まぁ俺とセレナ以外は俺の店に来れないってんなら、俺の店を避難場所にして、ここでの仕事を途中で放り投げて逃げることもできるがな」


 セレナの表情が明るくなる。

 危険が去ったことを店主に報せれば、またここで仕事をしてくれるという裏返しの表現でもあるからだ。


「……お前がそれでいいってんならいいが、じゃあ俺は本当にここで好き放題させてもらうぜ?」


「問題ありません。だってテンシュさんも仕事を絶対に裏切らないですもんね。私もテンシュさんを絶対に守ることを誓います」


 勝手にしろ。

 そう言って店主は力のこもったセレナの目から視線を外す。


「テンシュさん! 道具出来てますか?!」

 ちょうどその時、昨日の五人組が駆け込んできた。


「……遅ぇよ、バカどもが」


「え……開店時間前だよ? それでも遅かった?」


 想定外の事が起きると、時間の感覚が狂うのはどこでも誰でも同じのようだ。

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