『法具店アマミ』初めての常連客と、トラブル体験 3
翌朝。セレナがベッドから立ち上がり、そのまま下に下りる。
「おはよー、テンシュさん。体の具合はどう?」
セレナからの呼びかけの反応して上半身を起こす。店主の寝癖がひどい。
「う゛あ゛ぁ……。あ゛―……あん? 何だこの女……」
「……セレナです。昨日仕事して、そのまま仰向けになって寝ちゃったでしょ」
寝ぼけた店主は、起こしに来てくれたセレナの顔を見てもすぐに思い出せない。
しばらくぼんやりして周囲を見渡す。店内を見渡し、『天美法具店』に似てはいるが絶対に違うことが分かり軽く混乱するが、作業机の上を見てようやく寝る前まで何をしていたかを思い出す。
「モテるのはうれしいが、宝石に囲まれる方がいいな……」
ふざけていると思われるようなことを店主は口にするが、その目はセレナに冷たく向けられている。
「モテるっって……あ」
セレナが寝るときにはいつもネグリジェを着ている。
目覚めははっきりしたものの、体のラインが一目で分かるその姿のままだったことをすっかり忘れていたセレナ。まだ少し寝ぼけていたのだろう。
慌てて二階に戻り、普段着に着替える。
「あー、もう! ほんっと恥ずかしい! で、テンシュさーん? 目ぇ覚めましたー?」
「……あぁ……。目が覚めたけど、お前のあの格好さぁ……」
「そこはノータッチでお願いします」
「すごくどうでもいい」
セレナの希望通りのノータッチの言葉だが、意外とセレナの心に堪える。
セレナに複雑な表情をさせた店主はそんな彼女の思いを気にも留めずに背伸びをする。
「にしても、まさか一日で出来るたぁ思わなかったな。まぁ誰からも咎められずに最後まで仕事できたのが原因だな。気兼ねなく気持ちよく仕事に集中できた。あとはあいつらが持ってくる宝石だが……。倉庫の中からにある奴の方が欲しいな。変な物持ってこられるより外れがねぇ倉庫のストックの方がうれしいかもな」
止め処のない店主の感想の途中でセレナが朝ご飯をどうするか聞いた時に、店の入り口を叩く音が聞こえる。
「せっかちな連中だ。朝一番にも程があるだろうよ」
「待ち切れないお客さんはこういうものです。はい、今開けます」
入り口を開錠するなり入って来たのは昨日の五人ではなかった。
細めのビーグル犬のような顔に頭の左右から角のような物が生えている男と、蝶のような羽が背中についた絵本の挿絵でよく見かけるような姿がそのまま大きくなった女の二人。
店主が見て、改めて異世界であることを実感させられるような防具を装備している。
「セレナ! 無事だったか! 行方不明って聞いていても立ってもいられなくてよ!」
「良かったー。もう会えないかと思ってた。ホント良かった……」
「あ、エッズとパイミン。うん、心配かけてごめんなさいね」
彼らもセレナと旧知の知り合いのようで、再会を喜んでいる。
身の置き所のない店主は入口の傍のショーケースに移動する。ドア越しに外を見るくらいしかすることがない。
「……で、店がいつもと違うようだがどうしたんだ?」
「まさか店仕舞い?」
「え? 違う違う。リニューアルするの。これからはもっと品質良くなるよ」
「これがそれか? なんだこりゃ? ……なんかレベル低い物ばかりだな。」
「お前から見たらそうかもな。だがその道具じゃなきゃ扱えねえし逆にレベルが高すぎると道具に振り回される、そんな奴もいる。何よりお前が触らなきゃならねぇもんじゃねぇ」
店主は犬の顔の男に近づく。
「こいつは店の品物だ。そして今は開店時間じゃねぇ。あんたらは何しにここに来たんだ?」
「お前こそ何者だ? ……魔法も使えねぇ人種かよ。口の利き方に気を付けな。」
男の口は一旦閉じられ、そこから牙をむき出しにする。手のひらは力の入った拳に変わり、かすか震えを見せている。
感動の再開の場が、いきなり殺伐な雰囲気に変わる。
「ちょっとエッズ! あんたもあんただよ。せっかくセレナに会えたってのに喧嘩腰になる必要もないでしょ?」
妖精風の女がなだめるが、男の憤りは止まらない。
「お前にも分かんだろ? 人種だぜ? 何の力もない奴のくせに、この店はどんな店か知らねぇんだぞ? いいか? 俺達やここの常連客はな」
男の話を途中で返す店主は、威嚇する男を涼しげな顔で受け流す。
「知らねぇ。俺が知る必要はねぇ。今までのここのことなんざ、俺にとっちゃすごくどうでもいい話だ。一つ言えるのは、誰かのために俺が作った物を粗末に扱うなってことだ」
「待って、エッズ。私が無事に帰って来れたのはこの人のおかげなの。この人には……」
「あぁ、そうだろうなセレナ。だが俺にとっちゃ、非力なくせに歯向かってくるのがうぜぇんだよ! お前が作ったぁ? お前が何者か、それこそ俺にとっちゃどうでもいいって話だよ!」
セレナも男に店主の事を説明するが、エッズと呼ばれた男は聞く耳を持たない。
荒れる店内の中で、急に店主が閃いた。
「じゃあお前がこいつを手伝ったらどうだ? そしたら俺も必要なくなる。非力な奴が退場して、力ある奴が入って来るんだ。いいことじゃないか。なぁセ」
「バカなこと言わないで! テンシュさんしかあの力持ってないのよ?! 誰も代役が出来る人はいないの!」
来訪者二人は目を見開き、彼女の言葉で驚く顔をセレナに向ける。
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