『法具店アマミ』初めての常連客と、トラブル体験 2

 『法具店アマミ』のリニューアル完了前に仕事を引き受けた店主は、五人を帰す。


「連絡先とか聞くつもりはねぇ。完成した前提で、価格分と思われる金とか持って毎日様子見に来いや。今日一日で出来るとは思えんから明日からだな」


 そう言って店から追い出した後、セレナに倉庫を案内するように命ずる。


「材料を選別するだけだ。余計なこと言わなくていいから運び出す入れ物用意しろ」


 展示物を倉庫に戻した時は外を通ったが、今は店内を通って倉庫に移動する。

 その箱にとにかく力の強い物を材料問わず箱の中に入れる。

 セレナは今の店主と、『天美法具店』の倉庫で作業によりセレナの望み通りにしてくれた店主を重ね合わせた。

 言葉が通じない場所での作業。それでもセレナは彼を心強く感じた。


 セレナの体が三人分くらい入る箱一杯に材料を入れ、店内に戻る。

 四人が選んだ道具の装飾部の分解をセレナに命じ、店主は箱に入れた素材の選別をする。

 今までのセレナなら、人がせっかく丹精を込めて作った物をなぜバラバラにしなければならないのかと文句の一つでも言うところだっただろう。


 しかし今のセレナは店主の指示通り次々と分解していく。

 あの時に流した涙は、彼女が気付かなかった彼女の作り上げた物の持つ力の影響に気付かされたから。

 それは店主にしか持つことが出来ず、彼女が持つことが出来ない力によるもの。

 その店主が今、この店のために指示を出してくれたから。


 セレナが作った各部品の長所を生かし、欠点を店主が補い、一つ一つに補強が加わっていく。

 時には店主が感じる素材の力を理論的に生かし、時には人には説明することが出来ない店主の直感を中心に。

 時間がかかる溶接の作業は、セレナの魔法によって瞬時に完了させる。

 しかし店主の作業のほとんどが、素材を観察しながらの手作業。

 特に宝石の加工は時間がかかった。

 武器や道具から装飾部分を取り外した跡のくぼみに合わせて、別の宝石を取り出してへき開面に合わせて割って削って形を整える。

 セレナは、時間と労力を省くために自分の魔法で形作ることを提案する。しかし店主はそれを却下。


「石の部分部分によって微妙に力が変化するんだ。石の全体の力の判別は、石が見せつけて来るから楽だ。だがそんな細かいところは石にだって一々教えてくれる気にはならない。こっちが読み取りながら形を決めていくしかないんだ。手作業の方が確実に理想に近い物が出来る」


 店主はそう言うと、また石に向かい、割って削って形を整えていく。

 店内にその音だけが鳴り響く。

 店主の額から汗がにじみ出し、流れ、滴る。

 セレナの分解作業よりもはるかに長い時間を費やして、一個ずつその作業は完了していく。

 店内からは夕日はよく見えないが、その光が差し込んできた。

 自分の仕事をすべて終えたセレナは何も言わず、店主の作業を見守っている。


「テンシュさん。……まだ帰らなくていいの?」


「……無理矢理休暇を取らされた。明日の朝に戻れりゃいいさ。多少遅くなっても文句は言わないはずだ。夕食はいらねぇ。飲み水は欲しいな。ボトルか何かに入れて持ってきてくれ。コップだと粉末が入っちまうからな」


 外では日が沈み、店内に照明がつけられる。

 電力がないこの世界での照明は、住宅で使われる光熱は地域で貯蔵している魔力を使用している。

 セレナのように魔法に長けた者がいる建物ではその者が持つ魔力による自家発光や発熱で賄われている。


 セレナも、食事を摂らずに作業を続ける店主に付き合う。

 『法具店アマミ』は、長閑な町の商店通りの中にある。

 全ての店は寝静まり、『法具店アマミ』だけから煌々とした光が通りに向けて放たれている。

 四人が選んだ武器と道具の材料の用意がそんな時間にすべて完了し、後はくっつけるだけ。これはセレナの魔法の出番。

 ほんのわずかな時間で四人の選んだ武器と道具が生まれ変わった。

 セレナ一人だけでは、そして店主一人だけならかなり時間がかかる四人が選んだ武器や道具の補強が、この日一日で完成する。

 最初にそれらを完成させたセレナは、補強前とは違うそれらの存在感を感じ取る。

 しかし感動している暇はない。最後の一人、背の高い男の防具の製作が残っている。


「あの男の寸法測ったな? 股下で左右に割れる下着風の防具を作ろうと思う。それだと一つで済むからな。メインの生地は布じゃなくて目の細かい鎖にするつもりだ。力の効果は宝石に任せるが物理的には弱い。だがそこは鎖の素材自体の強さでカバーできるだろうし、あいつの防具をその上につければさらに強度は増すはずだ」


「鎖は魔法使っていいの? 手作業ならいくら時間があっても間に合わない」


「魔法使って作って構わねぇよ。手作業と魔法で製作するその力の差がそんなに激しくならねぇからな。宝石だと高値の上、力の差が激しくなるから手作業にしなきゃなんねぇけどな。だが防具につける宝石は作業に手間はかからねぇな。すでにその材料は用意できてるからな」


 四つの品が出来上がるまでに手掛けた宝石の欠片が、店主の周りに無数に散らばっている。


「確かにこれでコーティングしたら相当丈夫な防具になるけど……」


「問題ない。その四つに使う宝石は、向き不向きもある。だが防具だと、全部の力を守りの方向に向けさせて、互いに力を打ち消すことがないようにすりゃいい。鎖の素材も鎖の形状もそんな効果がある。欠片や粉をまぶして魔法でコーティングすりゃ、この依頼は完了だ。ただ、ちょっと足りねぇからもう少し増やすか」


 日が変わる深夜になるあたりに、五人の要望に応える品が揃った。


「……今から帰っても、あいつらに手渡さにゃならねぇから……八時間後にはまた来なきゃならねぇか。だったら朝までここにいるか。あ、もうこれ片付けていいぞ」


「うん。このまま移動させるね。倉庫の中で力の強い順番に入れたんでしょ?」


 店主は顔の前に手のひらを立てて横に動かす。

「いや、目立つ奴で、箱の中に入れられる奴だけ入れた。強い順番じゃねぇよ。確かにそいつらもえれぇ力持ってるけどな。倉庫の中にはもっと上のやつもいたけど、グダクダ探す時間も惜しかったし、最良の品でなくたって良かったろ? 道具屋に相手にしてもらえないほどの奴なら、使いこなせない道具を作ってやったって意味はねぇよ。三輪車で楽しむ子供にレース用の自転車を買い与えるようなもんだ」


 店主はそういうとその場で仰向けになる。


「え? ちょっと、休むなら上で……」

「ま、俺が作った道具じゃ物足りないと思えるようになりゃ、他の道具屋も相手にしてくれるだろうよ……」

 依頼の作業から解放された店主はそのまますぐに眠りに入る。


「……こんなところで寝て風邪ひかれたら私が困るんだけどな……」


 困り顔のセレナは二階から余分な毛布を持ってきて店主に掛けるてから余った素材を倉庫に戻し、戸締りしたあとで『法具店アマミ』の照明を落とした。

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