店主とエルフは互いの世界を知る 13

 それから日が変わったセレナの店。

 二人の同意の上で出来た、毎朝六時にセレナの店に店主が来て二人でこの店で仕事をするという決め事に基づき、店内に陳列されているセレナ手製の商品を片っ端から改善していった。


「望み通りに品物を作ったんだから、待たせないで連絡して引き取ってもらえ」


 依頼した翌日に完成するとは思わなかった冒険者チーム『スケイル』のリーダー、リバーバは大急ぎでセレナからの呼び出しに応じた。


「早い時間にごめんなさいね。えーっと……」


「いやいや、こっちも待ちきれなくってな。正直五日後ってのが待ちきれなかったんだ」


 カウンターの上に置かれた双剣は、見た目は改善される前とほとんど変わらないため、使ってみないと分からない。

 剣を振るう邪魔にならないように、柄に赤、緑、青、黄色と、それぞれ弱い輝きを見せる宝石が埋め込まれている。

 その位置や大きさは、寸分の違いも見られない。


「で、料金……でいいのか? 無料で使わせてもらったからよ、改めてこいつを買うつもりでいたんだが」


「あ、えーっとお代は……」


「最初の売値でいいよ。俺のここでの初仕事だ。サービスしとくよ」


「テンシュさん……」


 カウンターでのセレナとリバーバのやり取りに店主が割って入った。

 セレナはともかく、リバーバはとても驚いている。

 ただでいい物を使わせてもらって、今まで使ってた武器よりも具合がいいことも判明し、おまけに改良分の料金は只にするという。


「だがいつまでも使えるもんじゃねぇと思うぞ? 万人用にしといたから。まあ使い勝手が悪くなって、それでもまだ使いたいならさらに改良できなくはないが、そんときからは料金は貰うぜ?」


「あ、あぁ。それはいいんだが、あんたがアマミさんかい?」


 唐突に名前を聞かれた店主は、予想もしない話題の転換についていけなかった。


「何だ? いきなり」


「いや、外の看板からセレナさんの名前がなくなって、『法具店アマミ』になってたからさ」


 店主はセレナをじろりと睨む。

 セレナは店主が不在のうちに新しく看板を作り、店主が知らないうちに看板を店の前に掲げていた。

 事情を知らないリバーバは支払いを済ませ、改めて双剣を受け取って店を出る。

 その後の店内では店主とセレナの言い争いが始まった。


「名前の変更くらいで目くじら立てないでよ。私が始めた店よ? 古い歴史があったり老舗だったりするわけじゃないんだし」

「店の名前の変更の件一つで文句言ったりはしねぇよ! けどな! 誰だって軽々しく扱われるのは見過ごせねぇだろ! 俺だってそうだ! そんな考えが心の底にあったから、今回は看板の件として出てきたんだろうが! 場合によっちゃ命の危機に無理やり晒されてもおかしかねぇぞ! だから俺はそれでも抵抗出来る手段を用意することでお前の店を手伝うことにしたんだよ!」


 魔法や魔術は、物事の因果関係の途中経過を省いて起こす現象とも言える。

 店主の世界では、突然火が出たり水が出たりする物は存在するが、火の場合は油や火薬があるから。水の場合は水道があるから。

 その因果関係が目に見えているからその仕掛が分かればどこから何が出てくるかはすぐに分かる。

 つまり予測が可能なのである。

 しかし魔法の類は、火のない所から火を出すようなもの。予測不可能な現象である。

 魔法を使える者達と使えない者達が戦争を起こせば、予測不可能な作戦を続けられる方が強い。

 店主がセレナに見下されると思うのは道理である。


「そ、そんなこと……!」


「それにその条件は既に伝えたはずだ。俺の好きなように仕事をするってな。魔法が存在するこの世界で、魔法が使えない俺にはちょっと危険すぎる世界だ。反省の証が見られたらまた来るだろうが、しばらくはここに来るのはお休みだ。じゃあな」


 セレナは店主よりも体力や腕力はある。魔術も使える。

 しかしセレナの引き留めを躱し、店主は自分の世界に戻っていった。

 店主の後を追おうとする直前、新たな客が入ってくる。

 セレナの店の客層は、自分のような冒険者を対象としている。

 具体的に言うと、普通の腕前ではない上級者相手である。


 冒険者は仕事を見つける方法として、知り合いから請け負うやり方と斡旋所で見合った仕事を見つけるやり方の二通りだ。

 その斡旋所には、住民達から依頼を受け付け、それを掲示板に公示し、冒険者達がそれを見て自分の身の丈に合った仕事を選ぶという段階を踏む。

 そこで斡旋所では、受付た依頼に難易度をつけ、仕事を探しに来た冒険者達に合うものを勧めるのだが、そのためには冒険者達にもどんな仕事をこなせるかという目安をつける必要がある。

 そこで難易度の高い仕事を数多くこなせる者や、依頼達成率が高い冒険者達、あるいは冒険者チームを上位から順位づける習慣がついた。

『上位二十』と呼ばれる、その名の通り実力者と思われる上位二十チーム、そしてその下にランク付けされた四十チーム次世代四十と呼ばれるカテゴリーが設けられている。

 全国版とご当地版の二種あるが、セレナはいずれ、その上位六十チームとそれに近い位置にいるチームの要望を満たす道具屋として経営している。

 普通の武器屋などでは彼らの要望に応えきれないことが多い。使用する武器や道具の熟練者が多いためだ。

 だから店が賑わうことは珍しい方。そして客によっては、ここのほかに頼れる店がないという不満を持つ者もいる。


 そんな店を長らく留守にして魔物討伐に参加していたセレナ。

 彼らが買い求めることが出来ない不満を引き換えに出来るほど、国に被害を及ぼす魔物を討伐するためだった。

 だが長期の留守はそれ以外したことがない。


 だからこそ、たった一人の来店でも疎かに出来ない。

 そういうことでセレナはこの日、店主を追いかけることを断念した。

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