店主とエルフは互いの世界を知る 12

「それにしても、だ」


「何? テンシュさん」


 店主がセレナの店での初めての依頼の仕事を終え背伸びをする。


「タイムパラドックスって知ってるか?」


「タイム……何?」


 いくら言語の通訳の術がかかっていても、それにはその意味まで互いに通じるような万能さはない。

 店主は互いの二つの世界の往来で起きるであろう事態の心配を口にした。


「移動した先の時間ってのは、自分の世界と同じ時間帯なわけだ。けど戻る時には時間差が生じる。分かるよな?」


「私が六時に店主の世界に移動して、一時間過ごして戻る。戻るとまだ六時。でもテンシュさんの世界では七時ってことよね?」


「そう。で、戻った直後に俺の世界に忘れ物をしたセレナは、それを取りに戻ろうとする」


 セレナは、店主が何を言いたいのかを理解し、両手を叩く。


「それが十分後だとする。六時十分にテンシュさんの世界に移動したら、七時までテンシュさんの世界に滞在してた私がいて……私が二人いることになる……」


「想像するとちょっと怖いんだよな。自分の世界で行方不明扱いされずに済むのは有り難いが、だからといって気ままにこっちとそっちを移動してるとそんな矛盾が出てくる」


「テンシュさんにのんびりこっちで過ごしてもらいたいと思っても、その後テンシュさんが自分の世界に戻ったら、のんびりした分の期間はこっちに来るのはまずいってことよね」


 相手の世界に一年滞在したら、自分の世界戻ってからは一年そっちに行くことは出来ない。

 そんなときに用事があるとしたら、相手にこっちの世界へ来てもらうしかない。


「そう考えると、長期滞在してもらうより二十四時間経つ前にそっちに戻ってもらう方がいいわね。一日に一回、毎日来てくれる方が助かるかな。それと品物の値段とテンシュさんへの報酬のことなんだけど」


 店主が最初に手掛けた仕事の評価はセレナよりも上。

 つまり品質が上がるということだ。当然その価値も上がり、値も上げる意味はあるし意義もある。

 それによって収入は上がるが店主の功労があってこそ。しかしこの世界での貨幣では無意味に近い店主への報酬をどうするか。セレナに名案が浮かばない。


「前にも言ったろ? そこら辺に落ちてる石ころでも構わねぇってな」


 しかしそれは店主が以前セレナに文句を投げつけたその思いを満たすことにはならない。

 セレナは決してそんなことはしていないが、客が店主を見下すようなことが起きるかもしれない。

 だが店主はセレナに対して、まだそう感じている節がある。そしてセレナが心配するそのことも予想していた。


「前にも説明したろ? 俺の世界のあらゆる石では絶対持つことのない力を持つ石が、この世界ではごろごろしてるんだよ。俺への報酬はそれだけで十分なんだが、俺の仕事に難癖付けたりする奴が出てくるかもしれねぇよな。だからそこんとこは俺の好きなようにやらせてもらう。それでどうだ?」


 おそらく出入り禁止にしたりするということだろう。

 それは店主じゃなくても、これまでの店の主であるセレナに対しても同様だった。


「じゃああとは……お店の名前変えようか。テンシュさんの力、とても頼りになるから」


 セレナからの称賛は、意外にも店主は受け流す。

 それよりも、どれだけこの店が続いたかは分からないが、客もそれなりについてるのなら名前を変えることに反対するほど、改名の件は店主にとっては大事なことらしかった。


「だって今までは私一人きりだったから私の好きなように出来たけど、これからは違うもの。テンシュさんだって一年や二年で終わる気はないでしょ?」


 石ばかりではなく、道具作りのためのこの世界で採取できる素材は店主にとって魅力的だったし、自分への仕事の報酬もその魅力ある石。それにこの世界ではその力を存分に発揮し、心行くまで集中して宝石の加工や道具作りに専念できる環境となれば、そんな機会は簡単には手放したくはない。

 自分の世界では、自分のその特別な力を発揮したくても大っぴらに出来ない事情がある。

 セレナの言う通り。それどころか宝石職人として腕を振るうことが出来る限り、ここに通い詰めるつもりだった。


「この店にとってもテンシュさんは手放したくない人材だもの。テンシュさんが手がけた道具があんなに好評だったもの。テンシュさんをないがしろにするつもりはないわよ?」


 セレナの最後の一言が殺し文句となった。

 じゃあ名前はどう変える?

 そんな話題になった時、迷わずセレナは口にする。


「『法具店アマミ』ってのはどうかしら?」

「ちょっと待て。この店の中のどこに法具があるってんだ」

「……法具って、何?」

「ぅおいっ!」


 ここにきて店主は、セレナという人物は具体的ににどんな奴かを知らないままだったことに気が付いた。


「先走り過ぎたか……。失敗したな……。こんな天然な奴だったとは思わなかった……。向こうから辞書とか持ってきた方がいいのかな……」


 店主から出た「天然……ってどういう意味?」と聞き返したセレナに店主の気が重くなった。

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