店主とエルフは互いの世界を知る 10

 店主とセレナは、互いに異世界に移動している間は自分の世界での時間の経過はないことを体験した。

 だから互いにそれを気にすることなく自由に行き来することはできる。

 しかし問題点が一つある。

 それは、店主の世界にはエルフだの幻想世界の住人や生き物、魔法や魔術は存在しないことと、セレナの世界ではいろんな種族が世界の住民として生活をしていること。当然店主と同じ人という種族も存在している。

 互いに異なる世界の存在は受け入れがたいのは同じだが、互いの世界でその姿を晒しても店主は何でもないだろうが、セレナには異様な目で見られることは間違いない。


 そこでセレナにはなるべく『天美法具店』に来るのは避けるように強く伝えた。

 逆にセレナからは、定期的に自分の道具屋に来て欲しいことを強く言われた。

 早朝もしくは閉店の時間以降にセレナの店に店主が行く決まりを作った。


 その決まりを作ってからは、店主は毎朝セレナの道具屋に転移して、気ままにセレナの造った道具の改良作業をしている。

 セレナと自分の作った道具に差はあるかどうか、という対決をしている最中である。


『スケイル』と名乗っているワニ、カメ、魚の亜人の冒険者三人のチームが、双剣を店頭に並べた後の最初の客としてやってきた。

 セレナが事情を説明するとリーダーであるワニの亜人、リバーバがその検査係を引き受けてくれた。

 それから数日が過ぎて『スケイル』が再来店してきた。


「セレナさん、この双剣なかなか面白いな。左右同じ力を持ってるもんだと思ってたが、特徴……っつーか、使い勝手が違って面白い。まぁ片方はもう片方にちょっと力不足を感じたが……」


 入ってくるなり彼の周りの空気が震えるような響く声で双剣の感想をセレナに伝えるリバーバ。

 柄に糸を巻き付けた方がおおむね好感触を得たようだった。


「えーと……糸がついてない方はどうだったかしら?」


「んー……まぁ、悪くはなかったって感じかな。特にコメントはないな」


「でもリーダー、途中からその糸がついた剣だけを使うことも多くなったよな」


 魔物討伐の仕事を振り返ってカメの亜人がリバーバの感想に追加する。


「お、おい、ランディ、そゆ事言うなよ。曲がりなりにも双剣だぞ? 片方だけ使うなんてなぁ……」


「私に気を遣う必要ないわよ? そう。そういうことか……」


 あまり感じることはない敗北感を、リバーバと亀の亜人ランディの感想を聞いて店主に対して感じ始める。

 本業は冒険者で、道具屋と道具作成は兼業の方。

 とはいえ、本業で感じた道具屋や武器屋、防具屋への不満を自分で解決するために始めたこの道具屋。

 ある程度の悔しさを噛みしめる。


「あの人が作ったんですかい? 見た所純粋な人種ですよね? あーゆーモン作れるんですねぇ」


「あーゆーモンって、どういうの? 具体的にどんな効果があったかまだ聞いてないわね」


「いや、切れ味は抜群だし、何やら魔力が付随してたっぽかったっすよ? 魔法の補助効果もあったみたいでさぁ」


「ディームの言う通り、武力魔力がこっちより一回り……二回り上回ってたって感じたな」


 セレナは、柄に糸がついている砲火ついていない方かの確認を何度も繰り返す。

 優れていたのは間違いなく店主が手を加えた剣だった。

 彼ら三人の話を聞いてさぞかし優越感に浸ってるんだろうな。

 と思いながら、作業場で仕事をしている店主の方を見ると、周りの雑音をシャットアウトして、額に汗しながらセレナの作った杖を加工している彼の姿が目に入った。


 セレナは店主に近づいて呼びかける。


「テンシュ、今の話聞いた? テンシュが手を加えた双剣の感想」


 近づいて呼びかけるセレナの声にすら無反応。

 自分のことは眼中にないのかとやや腹を立て、その分声を大きくしてさらに呼びかける。


「ちょっとっ! テンシュってば!」


「うるせぇ! 今仕事中だ! あとにしやがれ!」


 店主は即座に顔だけセレナに向けて怒鳴る。

 そしてすぐにまた作業に集中する。

 予想もしていなかった店主からの反応の剣幕に押され、セレナは再び客の方に向きを変えた。


「……リバーバ、協力ありがとね。その双剣、両方同じように使えないかもしれないけど無料であげる。こんなサービスは今回だけだけどね」


「えーと……いやー……できればもう片方も同じように加工して釣り合い取れるようにしてほしいいんだが。もちろん金は払うが」


 気圧されたのはセレナだけではなかったようだ。

 ややうろたえながら、リバーバはセレナに、新たに依頼した。

 セレナが作った物に店主の改良を加えてほしいという内容である。

 それは、店主に対しての完全な敗北である。

 セレナは店主の方を振り返る。店主は相変わらず仕事以外に何も目に入ってない様子。

 やや長いため息を一つつく。


「……分かった。五日後来てくれる? お代の請求はその時にするから」


 改修費はまだ分からないということに首をひねりながら、リバーバは他の二人と一緒に店を出た。

 作業を止めない店主を疲れたような顔で見るセレナ。

 店主が一息つくまで、セレナは何度かため息を繰り返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る