店主とエルフは互いの世界を知る 9

『天美法具店』での宝石岩騒動は一つの落ち着きを見せた。

 異世界のことを明かすわけにはいかない。

 そして力が飽和状態に近いことも伝えるわけにはいかない。

 産地についても詳しくは聞いてない。


「考えてみりゃ、あいつの住む場所についちゃ、まだほとんど知らないな」


 そして店主はセレナの名前はまだ伏せておいた。

 その上で従業員達を説得した。


「下手に触ると手垢がつくしな。採掘者でもある所有者はそのうち来店すると思う。産地も、まだ知られてない場所だから報せないで欲しいとのことだ。ちなみにその場所がどこかは、私は聞いている。当然」


「知られていないってんなら採掘場が荒らされる可能性もありますね。歴史的に重要な場所でなきゃいいんですが……」


 先代からの従業員で、今では主に営業担当の注連野陵子が最初に反応した。

 その業務上いろんなところから多くの知識を仕入れてくる。

 サブカルチャーにも強い店主ほどではないが、浅いながらも店主の専門である宝石関連もそれなりに身に着けている。

 その他多岐にわたるジャンルの知識量はなかなかのものだし、九条と同じくらい気が回る。

 流石の店主も歴史方面にも視野に入れてなかった。

 だが店主の出まかせだから、彼女の心配は空回りになることも目に見える。

 それに付いての心配も無用と伝え他の質問もやり過ごしてこの日の終業時の会議室での会合も終わりとなった。


 会合で挙げられた議題の中で、身内ではなく第三者の宝石業関係者から産地の追及をされたときの対策を聞かれた。

 それについては問題なし。店主はその話をすると、全員が諸手を挙げて店主の案を受け入れた。

 従業員全員の退社を見送り、商店街が寝静まったのを確認すると懐中電灯と難色かのペンキを持ち出して、宝石岩に塗装を始めた。

 三時間ほどしてその作業は完成する。

 どんな生き物をモチーフにしたのか分からないが、ゆるキャラのようなキャラクターがその岩に描かれた。

 そして『ペンキ塗りたて』の看板を立て、対策は完了。誰が見ても宝石には見えない。

 この宝石岩が店の前に鎮座してからというもの、店主の立場はなぜか悪くなっていった。

 そこに住んでいてそんな異変に気付かなかったのかということと、宝石についてはうるさい店主がその岩の話題になると口数が減っていくことに不信感を持ち始めたからだ。

 それが翌朝から好転した。


「何のキャラですかこれ」

「何か、可愛げがありますね」

「名前つけたらどうでしょう?」


 普段から閑散としている商店街組合の人達からも、商店街の目玉にできないかという相談を持ち掛けられるようになった。

 しかも定期的に配色を変える予定を考えている。

 それによって、常にペンキ塗りたての表示は必要になるので、誰もそれに触ろうとしない。

 やんちゃすぎる輩が蹴りを入れたりするかもしれない。

 しかしそのペンキがつくので犯人はすぐにばれる。

 粗方店主の心配事は解消された。

 店主が気になる点はあと二つ。

 爆発の原因となるかもしれないその力が、自然に揮発されるなりして消えていってもらえないだろうかということと、この世界の誰かがたまたま偶然にセレナの世界に移動する手順を踏みやしないかという点。

 石の力については日々観察して行けば未然に防止できると思われる。

 異世界転移の手順については、少なくとも従業員が来る前に店内清掃だけは店主自らが行うことで、少なくとも従業員がそんな事故に巻き込まれることはないだろうと考える。

 来客についてはどうしようもない。

 自動ドアの閉じた時の接触面を左右素早く触られないことと、ドアを通りすぎる時、両手で左右のドアを触られないことを願うのみだ。


「向こうの店のカウンターと作業場の間みたいに、一階の作業場をガラス張りにして、ついでに作業場をそれで全部囲むってのも悪くないな……」


 宝石岩を利用すれば、飽和に近いその力の量を減らすことは出来る。

 だがセレナがこの店に来ることで、異世界の存在を知られて自分の立場が面倒になるのは避けたい。


「危ない橋を渡らなきゃならない事態じゃないから無理はしないでおこうか」


 作業場から自分が塗装したゆるキャラを見たがっている。

 従業員達からそんな誤解を受け、それが許容されて作業場の壁をガラスに交換してもらう経費を予算の中でしてもらった店主は複雑な心境であった。

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