店主とエルフは互いの世界を知る 8

「ふーん……。ここがセレナさんの店か。道具屋っつーか、武器とか防具、その関係を扱う店なんだな。見たことのない石も使われてる。なかなかいい物じゃないか。けど……」


 店主は指先を伸ばし、品物の一部に触れて滑らせる。


「埃がひどいな。なんでこんなに汚ぇんだ?」


「えっと、魔物の討伐に参加してて……」


「しばらく留守にしてたってことか。俺の店とほぼ同じ広さだな。二階とかあるっぽいが」


 自分との約束を忘れられたことで、セレナからは軽んじられていると思っていた店主だったが、約束を思い出してからは店の掃除など、店の経営者としてしなければならない事よりも優先されたと察し、セレナへの印象は幾分かは改めた。


 しかし。


「しかし……何だろうな、この品物。ダメダメじゃねぇか。店の手伝いってのはこれらの改修か? まさか掃除手伝ってっつんじゃねえよな?」


「そんなわけないでしょう? それより今いい物って言ってたけど、改修が必要なの? これ全部私が作ったんだけど、どういうこと?」


 店の掃除ならここでバイト募集の張り紙でも張れば済むことだ。わざわざ異世界に行ってまで手伝ってくれなど言うはずもない。

 店主にしかない力、店主にしか出来ないことをしてもらいたいからこそ、店主にお願いをしに来たのだった。

 けれどセレナはまだ、魔物討伐のことやそれが原因の爆発、行方不明者がいることなど、詳細一切をまだ店主に伝えてない。

 その説明をしようとするが、その前に聞き捨てならない言葉を問い質す。


「へぇ、全部自家製造か。大したもんだ。ウチと同じだな。けど多分全部作り直しが必要かもな。俺の目にはそう見える。もっとも俺の店で売るにはこのままでもいいけどさ」


 店内ががらん洞なら、普通乗用車が四台は入りそうな広さである。

 壁沿いにほとんど隙間なく並べられた武器と防具。その店内の真ん中に奥に向かって台が置かれ、その上には装飾品が並べられている。

 目が届く者すべてを見渡した店主はそんなことを言う。

 いい物だけど手直しが必要なのはどういうことか。


「あぁ、いい物ってのは素材のことだ。見たことがある物もあるが、ほとんどは初めて見る素材だな。この店での手伝いの報酬はその素材……主に石や宝石とさせてもらおうか。そっちから見て格安だろうが粗悪品だろうがな」


「報酬の件は置いといて、えっと、お店の手伝いまでしてくれるのなら有り難いけど……」


「せっかくの素材が勿体ねぇ。直そうにも直す時間がないか。あと一時間もいられるかどうか」


 セレナの言葉は、店主が受けたセレナからの依頼に誤解があることを示したが、店主には気になることがあった。

 時間の経過である。

 しかしすでに異世界にいる間は自分の世界では時間はほとんど経過していないことを体験しているセレナは、店主にその説明をした。


「ふーん……。じゃあちょっと本領発揮してみるか。素材の在庫はあるのか? 見てみたいんだが案内してもらえるか?」


「あ、うん。隣の建物なんだけど言語疎通の術かかってないから、会話は術をかけ終わるまで待っててね。時間はかからないけど」


 倉庫に招き入れたセレナは術をかけた後、セレナが作った品物とその材料の場所の説明をし、店主はそれを聞きながら数ある品物の中から双剣一組を選び、その装飾部分に使用されている宝石と同じ色の別種を素材の中から探し出した。


「あとは作業場を借りるか。へぇ、一階と二階にあるのか。間取りがうちとおんなじってのは気に入ったが……」


 店主の話の後に続くのは、セレナには大方予想はついていた。

 自分のことを信頼していないということだ。

 店主との件を後回しにした自業自得。店主の反応は仕方がないと自分に言い聞かせながら、店舗の奥にあるカウンターとは壁で区切られている横並びのエリアへ向かった。


 一階の作業場とカウンターの間の壁はガラス製。作業中に出てくる粉塵対策なのだろうが、店舗とはまたぐことが出来るくらいの低さの柵のみで仕切られていた。

 作業中でも来客を見ることができ、すぐに接客できる工夫なのだろうが、店舗にその埃が簡単に舞い飛ぶ。

 清潔感はもう少し何とかできないのかと店主はやや呆れる。


「まぁこっちは会社みたいな体裁になってるからな。セレナは一人きりか」


「うん。だから案内してもらったシャワー室とか他の部屋は一階にはないね。私の住まいは二階と三階」


「そこまで同じかよ。まぁ深くは知る必要はないから聞く気はないけどさ。さて……これからすることを説明しとこうか」


 店主の説明によると、自分が作る物とセレナが作った物の違いを知ってもらおうという狙いで、同じ形、同じ装飾の二つの品物を選んだとのこと。

 二本一組の双剣だが、それに違いが現れると使用者に不都合が出てくる。


「魔物退治とか言ってたよな? ってことはそういう仕事をしょっちゅう請け負う職業もあるはずだよな?」


「うん。私は今は兼業だけど、冒険者とか傭兵とか……」


「加えて魔法が存在する世界だろ? ますますゲームじみてきたな。まぁそんな俺の感想はおいといて、だ」


 同じものが二つ一組の道具は、バランスが重要になってくる。

 見た目が同じでも中身が違えば、熟練者であればあるほど放置できない問題になる。


「命がけの仕事なんだろ? そんな仕事をしてる人達にそんな物を預けるのは申し訳ないが、事情を知らない者達ならその違いを正確に体感できるんじゃないかと思ってな。あんたに使ってもらってもいいが、どうしても意識するだろうからその違いを正確に感じられるかどうかは怪しいからな」


 試供品として使ってもらい、違いを感じるかどうか、その違いはどんなものなのか、使ってもらった後で意見を聞かせてもらうため、無料で提供する。

 これが店長の考えた案である。


 セレナは、どの品物を作るにしても常にベストを尽くしてきた。

 それでもすべて改良する必要があると言い切った店主には、流石に文句を言いたい。しかも一つどころではない。

 だが店主はそれを証明しようとしている。

 セレナは店主からの案を受け、店主はその意思を確認した後双剣の片方の改修作業に取り掛かった。

 素材を検め、片方の双剣の装飾の石と同じ色の素材を選び、同じ形に切ったり削ったりする。

 しかし剣の柄に接着させる作業は、店主の作業では時間がかかる。

 そこは流石にセレナが手伝った。

 接着の術は素材が持つ力に影響を及ぼさない。

 二時間も経たずに区別がつかない双剣一組が出来上がる。


「どっちがどっちか分からなくなるから、俺が作った方の柄に派手な色の糸でも絡ませるか。それで区別はつくだろ。後は結果を御覧じろってとこだ」


 結果が分かり次第すぐに来るように念を押す店主。

 もっとも前回の宝石岩の撤去とは違い、今回は店の経営者、そして商品の製作者としての互いのプライドがかかっている。

 報告が遅れるなんてことはないはず。

 二人は互いにそのことを確認した後、店主は自分の店に戻っていった。

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