店主とエルフは互いの世界を知る 7
「言うに事欠いてそっちの手伝いをしろって?」
店主は怒りの気持ちをその言葉に込める。 『天美法具店』の扉に、自分は異世界から飛ばされてきたと説明
「はい。私だけでは出来なかった、私の世界への帰還のきっかけと手伝いをしていただきました。私の世界でも稀な力をお持ちなんです。お手伝いいただけたらとてもうれしいんですが」
「断る」
店主は即答した。
「物言いは丁寧だな。お前は否定したが、魔法が存在しないこの世界のことをお前は見下していると言い切れない確証がない。つまり『自分達より劣等な民族は、高貴な私達のために働け』という中身とおんなじなんだよ」
「ほ、報酬も用意します。私達の世界にある宝石とか」
店の前にある大きな宝石の岩を鑑定するときに向けた店主の眼差しを見たセレナは、店主が並々ならぬ関心を持っていることを確信していた。
「その報酬についても問題がある。確かに喉から手が出るほど欲しい宝石はあるかもしれん。だが……」
レジから十円玉と一万円札を取り出した。
「お前の世界では、例えば銅が一番価値のある金属としよう。俺が頼んだ仕事を達成した褒美がその価値ある銅。お前は喜んで受け取るだろう。だが俺はそれが非常に有難い。なぜなら……」
セレナの前に一万円札を見せる。
「お前にとっては紙切れだろう。だがこの世界、この国ではその銅の千倍の価値があるんだ。そこで俺はこう思う。『たったそれっぽっちの物で喜んでくれるとは有り難い』ってな」
店主の話は屁理屈かもしれない。へそ曲がりかもしれない。
しかしこの店の責任者として動かなければならなかった、店の前に置かれた巨大な宝石の処遇。
非難めいた意見も受けながら、事情も素性も知らないセレナへの義理も立ててその宝石をそのまま維持し続けてきた。
その報いが、その相手から見下されることや相手の都合に振り回されることであるならば、これほど腹の立つことはない。
「……はい……。なら今すぐにあれを壊してでも撤去……」
「それも禁止だ」
セレナから見た異世界でこじらせてしまった問題の元凶を取り除くのはセレナの役目。
これは自分でも納得がいく道理ではあるのだが、なんと撤去してほしい店主から、持ち去るためのセレナの案を即座に却下された。
「それは……無理難題をふっかけてるのはそっちじゃないですか」
「お前には分からんか。魔法使えるくせに」
逆に店主がセレナを軽蔑するようなまなざしを投げつけた。
「力が異常に存在している。持て余してるっぽいんだよ。あの大きさだから維持できてるが、細かく砕けば細かい奴から順に暴発するかもしれねぇんだぜ? その力によってな」
巨塊の体の一部が石化して成り立っている宝石であることを思い出した。
となると、異世界に飛ばす爆発力をこの岩も所持しているかもしれないことに、店主の言葉を聞いて気付かされた。
「扉を作る時に指示出したろ? こいつがそんなことを起こす確率を減らすために、その部分を扉に使ってくれっていうことでもあったんだよ。こいつの入手経路は聞いてなかったから、ヤバいルートでここに来たんじゃないかって従業員達に伝えたが、爆発するかもしれない物体じゃなくて血生臭いルートを通ってきたと勘違いしてくれたからあいつらは下手に近づこうとしなかった。俺としちゃナイス勘違いってとこだったがな」
触っただけで大事故が起きるとは考えられないが、接触しない限り事故は起きない。
そういう意味では一番安全な方法を、従業員や近隣の住民達は知るともなしに選び取っていた。
「アレの力を見た時、正直『余計なトラブル持ち込んできやがった』って気持ちはあった。厄介払いしたかったが、どこに持って行ってもその危険はいつもあるんだよ。だがこんな風に爆発しそうな力を、爆発する前に利用することを繰り返しゃその危険はいずれ去る」
危険を取り除く方法を聞いたセレナは安心する。
しかしそんな危険な力が存在し続ける以上、異なる世界にも影響を及ぼす可能性も高い。
セレナも店主も、互いに知らないふりをし続けるわけにもいかない。
そしてセレナと彼女の世界にはウィリックをはじめとする行方不明者の安否や救助、そしてまだ未達成の巨塊討伐の問題を抱えている。
それを手伝ってもらいたい思惑はあるが、了承してくれそうな決め手はない。
報酬の件は店主が言った通り、その価値観が不釣り合いであるなら信頼関係は築けない。
すぐに岩の撤去にとりかかるという約束が果たされなかった時点で、既にその信頼関係は崩れているのだ。
しかし打開案は店主の方から挙げられた。
「あんたの店の手伝いをしてもらいたいっつってたな。俺からの条件をのんでくれりゃ、報酬の件もそっちに任せる。この岩の件も引き受けても構わない」
まさか承諾してくれるとは思わなかったセレナは爆発しそうな驚きとうれしさを堪えた。
「あ、有り難うございます! で、その条件って……」
「そっちでの仕事の手伝いは、俺の好きなようにさせてもらう。それだけだ」
どんな難しい条件を突きつけられるのだろうかと身構えていたセレナは、店主の単純な一言で気が抜けかけた。
セレナはその条件を喜んで受け入れた。
しかしその条件はセレナの気苦労の連続の原因となることを、この時の彼女はまだ知らなかった。
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