店主とエルフは互いの世界を知る 6

 意気消沈したことでいくらかは冷静さを取り戻したセレナは、帰りは竜車を捕まえて、片道五日の帰路についた。

 冒険者として憧れの存在であるウィリックと、ようやく肩を並べて武器を持つ間柄になれたというのに、戦功をあげるどころか互いに所在不明となってしまった。


 これまでのことを車中で振り返るセレナ。

 その時に重大なことに気が付いた。


「確か作戦実行する時間は、魔物とは言え睡眠も必要ではないかっていう仮定で話を進めていたはずだ。だから日が昇る前に突撃開始の指令が出たんだ。店に戻って来て現場に到着したのは夕方だった。だから店に戻ってきた時点で丸一日経ったと思ってた。けどそうなると日にちがずれる……?」


 店に戻ってから現場に赴き、店に素戻りしたのが二日間。

 その二日目を入れて一週間で皇居に到着。

 飛ばされた先の異世界では早朝だった。おそらく約二時間ほど滞在した。

 日数と時間を逆算すると、異世界にいる間の二時間は、自分の世界では存在しない時間となる。


「向こうにいる間、こっちの世界では時間は経過してないってことか? つまり瞬間移動したようなものだ。となると他の行方不明者は……。いや、同じ現象を体験するとしたら、行方不明者はほぼ全員所在が判明していてもおかしくはない。だって一週間以上経ってるんだから。」


 しかし自分は何とかこうして元の世界に戻ることが出来た。

 転移した先の別世界とはそんな関連があったから。

 他の行方不明者も異世界に転移させられたとしても、自分が転移した先と同じような関係を持つ世界とは限らない。

 だが考えてみればセレナも、この世界に戻ってくる保証はどこにもなかったのだ。


 おそらく自分は異常に幸運だったのだ。


 そして打つべき手は打った。

 あとは待つのみ。


 何を待つのか。


 行方不明者リストから名前が消え、生存者リストに名前が載った以上政府から何らかの協力を仰ぎに来るかもしれない。

 彼の情報はその時に必ず得られるはず。それまでの辛抱だ。


 車中ではそんな思考が何度も繰り返されていくうちに思い出した。


「あ……ドアを入れ替えるんだっけ。すっかり忘れてたな……」


 セレナはようやく『天美法具店』の店主との約束を思い出した。

 彼女にとって大切なことに取り掛かり、ひとまず一通りの結果を出し、無理やりだが気持ちを落ち着かせた後でようやくその約束が彼女の中で一番優先すべきこととして上がっていった。

 セレナにとっては当然の成り行き。

 しかしセレナの事情を知らず、セレナの世界の事故に巻き込まれた『天美法具店』の店主の立場はそれで納得できるものではない。

 店主自身、セレナの事情を深く知るつもりはなかったし、知ったところで何かをしてあげたりしてもらったりすることも出来ない。

 セレナと共にやってきた宝石には強い関心を示したが、営業妨害をするほど大きく、人力で移動不可能な重量の宝石岩は自分の好きに扱うことは出来ない。細々とした石は数も形も把握することは出来ないだろうが、これほど大きい石……いや、岩ならばその出土場所を確認させられる。店主にはそれを明確に答えることが出来ない。

 故にこの大きな岩は、たとえ所有権をセレナから譲られたとしても店主の好きに扱えない。

 セレナに持ち去ってもらうのが一番の良策。


 そのセレナが引き取りに来ない。

 従業員や近隣からは尋ねられるし、その件については、出来れば目をつぶってやり過ごしたい思いだった。

 まさしく針の筵の真っ最中。

 そんな中でようやくセレナが『天美法具店』に再来店したのは二週間も過ぎた頃だった。


 戸締りで鍵がかかっていても天美法具店の扉は開いた。

 ようやく朝日が昇り始める時間帯。

 誰かが来ることは有り得ないそんな時間に、そんなあり得ない現象が起きた。

 既に目覚めていた店主の心の中の二割は呆れた感情。残りの感情は怒り心頭。その二つのみだった。


「何の断りもなかったからすぐに来てくれるものと思ってたがな」


「……すいません。その……運び出すには人手が足りなくて、こっちに連れてくるわけにもいかなくて……」


 セレナの弁解は言い訳かもしれないが嘘ではなかった。

 彼女の店の常連客である冒険者達も巨塊討伐に組み込まれていた。

 幸いにもセレナのような被害に遭った者はいなかったが誰もが疲労困憊で、たとえ物運びであってもその仕事を引き受けてくれる者はいなかった。


「そっちの事情なんか知るかよ。あの後店の前の掃除をしなきゃならなかった。もちろん掃除は毎日するが、あの岩と同じ性質の細かい石が落ちてたからな。あれくらいならこっちで引き取っても問題はないが、あんなでかいやつだと宝石に無関心な奴まで根掘り葉掘り聞いてきやがる。俺は何も知るつもりはねぇから無関係でもいいが、周りがそうはいかねぇって聞くのをやめてくれねぇんだよ」


 こことは違う世界が存在する。

 それを理解できるのは、この世界の住人の中では店主だけ。石に込められている力を見ることが出来るからだ。

 そして、それでもセレナの存在を勘づかせることすらさせなかったのは、この世界の考え方の道理ということとセレナにも事情があろうという店主なりの気配りだ。

 しかしそれをセレナが平気で踏み潰した。そのように店主は無意識に感じている。

 そして店主の言葉に何の返事もないセレナ。申し訳なさそうな顔をしているが、店主にはその意中を読み取る気はない。


「あのまま持ってってくれとは言わねぇよ。人を多く呼ぶってんなら、この世界についての説明もする必要があるだろうし、おそらくあんたの世界の人達だってこの世界の存在を理解できるとは思えねぇ。けどな、見下してるって感じがありありなんだよ。だからこうも遅くなった。遅くなったって別に構やしないって思ってんだろうが」


 この世界でのアクロアイトとは違う性質や力を持っている。そしてその力を発揮する能力も持っているようだ。

 セレナもまた、魔術を発揮してこの店の扉をこのアクロアイト製の物に取り換えた。

 この世界にない力を発揮することが出来る。

 この世界に優越感を持つ理由なら、それだけで十分だろう。

 セレナはこの世界を格下に見ている。劣等な物として捉えている。

 店主はそんな思いを持っているであろうことにも怒りを感じている。


「そんなことはありません! ……すぐに戻るって約束を忘れてしまったことは謝ります。そして私への印象を撤回してください。私の世界でもテンシュさんのような力を持つ人はいません。私の世界……私の店でお手伝いしていただけないでしょうか」


 謝罪一辺倒の言葉しか出てこないことを予測していた店主の目が点になった。

 見下していたと思われる相手に何かの依頼を持ち掛けられたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る