店主とエルフは互いの世界を知る 5

 確かに伝えた。

 あの女性エルフに、店の前の大きな岩のような宝石を引き取りに来るように、と。

 店主は何度もあの時のやり取りを思い出し、確認していた。

 そしてあのエルフは快諾していた。

 店主は彼女の世界に移動する方法はまだ覚えている。

『天美法具店』の出入り口である自動ドア。閉じた時に接触する左右の面の上を片手の中指で触った後、左右の扉を両手で触ってから通り抜けるという手順。

 同じような方法で、セレナのいる世界からこちらに来ることができるかどうかは不明のまま。

 向こうからこちらに来れるように、向こうに行くことが出来る力を持つ『天美法具店』の扉と同じ板を作らせた。これを挿げればあとはいつでも来れるはず。

 取り替える作業だって難しくはない。さっさと済ませてとっととこっちにきてパッパと撤去してもらえるものと思っていたのだが、それが一週間、二週間経っても何の音沙汰もないのである。

 対等な人間関係を結ぶというのはなかなか難しいものである。

 そもそも価値観が違う。

 店主にとっての一番の悩みの種はその宝石岩だが、セレナにとって実はそんなに重要な事ではなかった。

 店主との約束はセレナにとって単なる口約束。

 彼女にとって一番大切なことはまず帰還すること。そしてウィリックの安否の確認だった。


「まず猊下に帰還できたことを報告しないと……。でも動物車も竜車も手配できないよね……。でも現場に行く方がいいのかな。うん、いきなり皇居に向かって留守って言われたら時間の無駄だし……。まぁ半日あれば隣のバルダーに行けるし……。うん、まずはそっからだ!」


 帰ってくるなり頭の中でこの後の行動の算段を考えたセレナ。

 巨塊討伐計画に参加したため、十日ほども留守にしていて埃がうっすらとたまった自分の道具屋の中。そこに『天美法具店』から持ってきた宝石板を置き、決めた通りに行動を起こした。

 その板は彼女が再び自分の店に戻り、気持ちを落ち着かせるまではほったらかしにされたのである。

 おまけに、思う通りに体が言うことを聞いてくれない。

 いくら冒険者として名うての実力者とは言え、作戦実行前から飲まず食わずの彼女の体にはこの強行軍は堪えた。蓄積された疲労は焦りと共に、彼女に自覚を与えないまま彼女の体に襲い掛かっていたのである。


 バルダー村の現場では既に本部は撤収。洞窟は本部が設置されていた広場も含め立ち入り厳禁とされていた。

 警備員などはおらず、とても上ることは出来ないほど高いバリケードで覆われていたその場所を前に、休む間もなく引き返すしかなかった。

 普通の人間でも一日あれば徒歩でも一往復は体力の余裕を残しながらも可能な距離。

 それが再び自分の店に辿り着くのに要した期間は、夜間の移動も含め二日がかり。

 タクシーの役割を持つ動物者や長距離バスのような役目を果たす竜車も捕まえることは出来ず、やむを得ず店の中で仮眠をとる。

 急がば回れ、という諺はこの世界にもあるかどうかは分からないが、その真理は存在することは確か。

 落ち着いて行動すれば、欲しい情報が入るまでこれほど日数がかかることはなかったはずである。

 営業範囲が限定されている動物車を乗り継いで、天流法国の首都、ミラージャーナの皇居に到着したのはそれから一週間後。

 皇居内の一般立ち入り区域内に、巨塊討伐本部ならびに事務処理の部署が設置されている。

 セレナの想像通り、自身は行方不明者リストに入っていた。

 彼女の名前はそのリストから生存者リストに写された。


「ウィリックも行方不明かもしれないってことは予想してたけど、まさかこんなに大勢の人たちが行方不明になってるなんて思わなかった……。あ、あの、こうなった状況の説明とか、概況の解説とか知りたいんですが」


「ここではリストの備考欄変更の手続きだけなんですよ、セレナさん。どんな立場の人から質問を受けても、当方のできることはそれだけです。他の受付で聞いてみてください」


 目的の一つである生存者リストへの更新手続きではそのように言われた。

 その指示に従い、目につく受付に足を運ぶセレナ。


「すいません、他の行方不明者の消息を聞きたいのですが」


「ここは死傷者の保障、補填に関する受付ですので返答しかねます」


 回って歩く先の受付では、担当する手続き以外はなしのつぶて。他の行方不明者の詳細を知りたいセレナは、皇居内の巨塊討伐事務局の係をたらい回しにされ続けていた。

 しかしたらい回しにされていたのは彼女だけではない。


「あれ? この人行方不明者から外れてる! 生存してるの? それとも死んじゃったの? どっち?!」


「それはそちら関係の受付で問い合わせてみてください」


 そんな質問をしてくる人達はそんな回答に不満を持つ。

 しかしシステムがいきなり変わるわけではない。

 文句をいくらどう言おうが、そこではそれ以上の情報は得られないのである。


「やっぱり生存者リストに載ってたよ! で、今どこにいるの?!」


「ただいま手続きを終了したばかりですから、皇居内にまだいるかもしれませんね」


 質問した人は、そういう意味じゃない、とやはり不満をぶちまける。

 しかしやむを得ない状況ではある。

 討伐成功を見越した作戦を立てて、長い年月を要して準備を整えてきたのだ。

 それが予期せぬ出来事が起きたため、一転中止に追いやられてそれ以来ずっと事務局は混乱している。

 責任者は天流法国国主である法王だが、この事務の現場ではそれは必ずしも来訪者から求められる理由にはならない。


 しかし討伐隊に所属していたセレナは何度か法王ウルヴェスに会っている。面識もあるはずだから、お会いすればいろいろ話を伺えるかもしれないとも考えたが、肝心のウルヴェスはその後処理で忙しくあちらこちらに顔を出している。事務手続きの受付にその所在を聞いたところで判明するはずもない。


「……私だってこうして戻ることが出来たんだから、ウィリックだって、他の所の部隊の兵達だってきっと戻って来れるに決まってる……」


 情報の収穫が何もなかったセレナ。普通の冒険者よりもはるかに上回る魔術魔力も、今のセレナを満足させることはできない。

 何の根拠もない思い込みを強くすることで自分の気持ちを誤魔化し、いつまでいても埒が明かない事務局を後にした。

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