店主とエルフは互いの世界を知る 4

 この日の営業前の『天美法具店』では、店主は出勤してきた従業員達全員から質問攻めにあった。

 そんな目に遭うだろうという予想はついていたが、短時間だったが店主も気がかりだった宝石の所有主は誰かとか産地はどこかとか、店主が予想していた質問ばかりではなかった。地面が歪んでないか、地盤沈下はしてないかとか、店主が思いもしなかった心配をする者もいた。


 従業員達はこの宝石岩のことを知るために空き時間や昼休みの時間を利用して、まずは近隣の住民達から話を聞きに行こうとした。

 だが彼らから聞きに行くまでもなく、従業員達が質問攻めにあった。というか、持ち切りだった。

 店主が初めて宝石岩を見た時と同じ思いを持っていたようで、車は通れるが歩きづらくなる通行人が気の毒という話が誰と話していても出てきたという。

 だが彼らの耳に入る話はその感想しかなく、経緯などの肝心な情報は一切不明だった。

 店主は事の経緯を知っていて、何となく気まずい思いをする。

 しかしここは知らぬ存ぜぬを押し通し、従業員達からの追及は逃れた。


「ヤバいルートを通ってきた石なら、警察にも通報せず知らないふりをしてやり過ごすのがベストだと思うんだ。ショーウィンドウに飾った物が外から見えないという損する点は、この石と関わったことで今後どんな問題が持ち込まれるか分からない。そんな不安とは無縁というメリットと比べれば我慢できるレベルだと思う」


「まぁ確かに近所の人の目に触れてしまってますから、警察に通報して撤去してもらえたとしてもその噂は流れるでしょうからうちと無関係を言い張ってもそれが通用する相手かどうかも分かりませんからねぇ。今までこんなことはありませんでした。初めてのことですよこんなの」


 この『天美法具店』の先々代から勤めてきた最古参の従業員、東雲要五はいつも穏やかな笑顔をしているが、今顔に浮かべている彼の表情は誰から見ても珍しい。

 代が変わってからは若手従業員の指導者的立場になり、この店を当時の店主と共に引っ張ってきた。

 戦中、戦後の国中が苦しい時代も乗り越えてこの店が続けられたのは東雲の力がとても大きい。

 今の店主を後継者に招き入れるべき、と提案したのも彼。

 特に反対意見はなく、先代が店主を引退しても補佐する立場は変わらず、今の店主がこの法具店で働くようになってからは若手の指導の役割を後進に譲り、時折意見を言うこともあるが基本的にはこの『天美法具店』全体を暖かく見守るような立ち位置になっている。

 現時点での『天美法具店』の生き字引き、などといじられることもあり、本人はそれを喜んで受け入れている。


「初めてのことも何も、宝石の原石だったらあんな大きいのは何度か見たことはありますけど、宝石そのものがあんなに大きいのって初めて見ますよ」


 父親である先代の店主からこの店を引き継いだ今の店主は、この役職に就く前は都会にある宝石店の加工職人をしていたが、知る人ぞ知る評判の腕前を持っていた。

 この法具店の仕事に関心を持ったり誇りを感じて就職する者が多い中で、そんな宝石職人として店主を追いかけ弟子入りを希望し、結果的にこの天美法具店に就職した住谷聖吾。

 店主を追いかけた理由が、就職前はその仕事が疎かになるほどコスプレイヤーの趣味に夢中で、その衣装の装飾品の一つに店主が手掛けたアクセサリーに一目ぼれ。この店で扱う品物を見る目は未熟な部分も多いが、そのため他の従業員よりも宝石と接する機会、時間の長さは段違いである。

 それ故に彼のこの店での役目は、この店で扱う品物の中で、製造や加工する工程において宝石を扱う店主の後継者的立場にある。

 店主のような特別な力は持ってはいないが、おそらく感性が店主と似ているのだろう。宝石の加工担当者として店主から信頼を受けている。


「持ち主が誰かを私達が知る必要はありません。早々に持ち去っていただければ。間違いなくあれは加工品です。つまり人の手にかかった物です。つまり誰かの物であることには間違いないですし、なぜうちの前に置かれたのかは分かりませんが……」


「加工品? 岩っぽいから自然の物を運び出してここに落としていったとしか思えないですよ?」


 店主が丁寧語を使う従業員は、親子ほど年齢が離れている東雲と、この発言をした九条芙蓉という女性従業員。

 東雲から若手を指導する役目を引き継いだ彼女は、眼鏡の奥から発せられる強い眼光で従業員達のマナーやモラルをチェックしながら、自分の担当である店舗での販売業にも勤しむ。


 店主は特に自分に休日を設けてはいないが、時折従業員達から強引に休日を決められることがある。

 しかし住まいは店舗と事務所の階上にある。そのため勤務中の従業員に普段の格好を見られることが時々あるが、彼女の視界に入ってしまうと従業員の前であっても雷を落とされてしまうこともある。

 容姿を整えることに疎い店主は、勤務中であっても彼女からは叱られることもある。

 店主が彼女から「そんなに短髪なのに何で寝癖が付けられるんですか!」という叱責を受けたのは、先代店主から後継者として呼び出され正社員として働いてから二日目のことだった。


「そうです。加工品ですよ。だって平らな部分が自然にできるなんて思えませんから」


「平ら?」


「えぇ。地面に刺さってるわけじゃないですし、転がってるわけでもありません。最初にあれを見た時『おかれてる』『置いてある』って印象が真っ先に出てきましたから」


 言われてみれば確かにそう。

 転がってるなら落とし物の可能性も考えられる。

 だが平らな部分を下にして『置かれている』のだ。


「九条先輩、すごいですね!僕にはそこまで気が回りませんでした……」


「大道君、あなたまだ二十歳とちょっとでしょ? 人生経験だって社会人としてだってまだまだこれからなんだし、分からないことが多いのは当たり前なんだから」


 従業員の中では一番若く、そして社会人、社員の経験も一番浅い大道泰雅がそんな九条を尊敬する眼差しで見つめる。

 未熟さが目につくが向上心は高い。九条からのチェックは他の従業員に対するものと同じだが、その勤勉さゆえに口調は大道にだけはやや甘い。

 住谷のような専門分野の素養なども見られないため、事務職、販売、営業と、いろんな業種の経験を積ませている最中の従業員二年目。その容姿は、学生服を着せれば男子高校生と見えなくはない。


 この日の営業時間後の社内会議は次第に本題から離れていく。


「あのー、えーと……明日の予定の確認もしましたし、必要事項の議題も全部終わったことになりますよね? 今日はもう終わりってことにしませんか?」


 恐る恐る発言したのは琴吹涼花。女性ながら力仕事も問題なくこなす、『天美法具店』の在庫管理と倉庫番担当。しかし逞しさとは縁のなさそうな体格をしている。

 宝石岩から話題が外れ、そこに彼女からの提案は、ぼろを出さないようにしていた店主の緊張感を緩めた。


「そうだね。今の所あの岩がこっちに被害を及ぼすなんてこともないし、地震が起きても店と接触することもないだろう。しばらくはその問題は放置で。所有者は間違いなくうちじゃないんだし、無関係を貫き通そう」


 従業員の意思を確認した店主の言葉で、『天美法具店』のこの日の仕事が終わり、店主にとっても今までで一番騒がしい一日も終わりを告げた。

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