店主とエルフは互いの世界を知る 3
別世界に転移する方法が、セレナと一緒にその世界から飛んできた大きい宝石を素材にした扉を通ること。
しかし従業員が来るまで、おそらく残り二時間。
硬度がある上、『天美法具店』の分とセレナの店の分の四枚を作らなければならない。
「その心配は無用です!」
セレナはそう言い切った後、腰に携えていた杖を取り出す。
片手で持った杖の先を岩に接触させ、空いた手を店の自動ドアに触れる。
「ま、待て。どこでもいいというわけじゃない」
この世界には存在しない魔術を使い、扉を入れ替えするのだろう。
そう予想した店主は慌てて、セレナに扉を作るのに適した部分を説明する。
「だが元の扉のガラスはどこに行くんだ? 後処理とこの素材的に考えると、入れ替えは良くない。消滅させてもらえると助かるんだが」
そんな都合のいい術はないだろう、と期待せずに言ってはみたが、セレナの快諾に驚く店主。
まずは彼の説明通りに扉をこの宝石製に換える。
セレナは目を閉じ精神を集中させながら、さっきと同じように杖と手をかざす。
セレナの足よりは短い、何かの木の枝から切り取った木片そのものに、満遍なくいろんな宝石を埋め込んでいるその杖。
どれもこの世界に存在しない物であることを、店主は遠くからでも一目で分かった。
「こんな事態じゃなければゆっくり観察させてもらいたいんだがな」
セレナには届かない声で呟きながら、その成り行きを見守る。
やがて杖と手が発光し、それが岩と扉に伝わっていく。
それを見た店主は、それだけで力が移動していくのを感じ取り、扉がガラス製からアクロアイト製に変わっていくのを理解した。
左右の扉と岩からの発光が止まり、セレナは大きくため息をつく。
「多分その術の影響で、プラスアルファの能力が扉に加わった。そのおかげで移動は出来ると思うんだが、このままじゃ誰彼となくセレナさんとこの世界に送り込まれるし、あんたが扉を入れ替えしない限りこっちに戻って来れない」
仲間達もだが、尊敬と憧れの思いを持つウィリックのことも心配するばかりのセレナだったが、店主の話を聞いて余計な被害を増やさないようにこちらの世界でもケアの必要があることにも気づいた。
「じゃあ……たとえば左右の扉が接触する面の一番上、左右それぞれに片方の手の中指を当ててから左右の扉を手のひらで当ててから通るってのはどうかしら? そんなことを気まぐれにだってする人はいないだろうし、誰かが一緒に通るときにはその効果は現れないようにすれば、何も知らない人を巻き込むこともないわよね?」
早く戻りたい気持ちを抑えて思い付いた手順。
店主はその説明を聞いて同意した。
「ただし早いとここのでかいのを持ってってくれよ。それとそっちの店の交換する扉も作ってもってけ。でないともう二度とここに来れなくなるだろうからな」
店主の言葉を受け、急いで二枚の板を作る。
その板が持つ力を調べる店主は力強く頷いた。
見た目は全く変わらないが、性質や秘められた力を持つ新しい『天美法具店』の扉と同じ性質であることを確認出来た。
「ありがとうございました! まさか元の世界に戻れるなんて思いませんでした! 近いうちに必ず引き取りに来ます!」
「こっちからは行くつもりはないからな。そっちが扉を交換できなかったら、今度は俺が帰れなくなるかもしれんからな。そっちからまた来ることがあった時は、そんときにはこっちからも行けるかもしれん。もっともその前に……くどいようだがこのでかい奴持ってってからだがな」
「はいっ! 必ずっ!」
宝石の板二枚を抱え、セレナはその扉をくぐっていった。
「……おい」
「あれ?」
ドアの向こうの店内にはセレナの姿が見える。
「慌て過ぎだ。手順踏んでいけよ」
セレナは自分が思いついた手順を忘れていた。
一瞬青い顔をしたセレナだったが、直後に赤面する。
そして今度は落ち着いて、手順を踏んでドアを通る。
閉じた自動ドア越しに見る店内に、セレナの姿はなかった。
「ふぅ……やれやれだ。六時半か。皆の出勤時間までにはまだ余裕があるな」
彼女の姿が消え、自分の世界に戻ったことを確信した店主は大きなため息をついた。
店主が持つ、物が所有する力を見ることが出来る能力は、人前で大っぴらには出来ない。
だから自分の持つ力を存分に発揮できる仕事をしたのは、数多くいろんな装飾品や仏具神具を作ってきたが今回が初めてだった。
何か報酬を求めたいところだったが、そんな仕事をさせてもらえただけでも十分有り難い気持ちもあった。
だが、改めて店の前を見ると大きな岩状の宝石ばかりではなく、あちこちに散乱している細々とした宝石の欠片の数々も店の景観も損ねている。
その上セレナも言及しなかったそれらを回収して自分への報酬とすることで良しとした。
「それにしても、妙に焦ってたな。自分の世界に帰るに帰れない不安は分かる気がするが、それにしても……。まぁ向こうの事情を詳しく知ったところで、俺には関係ないからな。奇妙な力をたくさん持ってる石が手に入るかもしれない魅力はあるが……」
だがいつまでも彼女のことについて構っていられない。
自分の身支度のほかに、店の前の宝石の回収という、必要ではあるが余計な作業が増えたのだ。
でかい宝石の岩には知らぬ存ぜぬで押し通すことにして、店主は今日一日の始まりの作業に取り掛かった。
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