店主とエルフは互いの世界を知る 2
「え、えぇっと……。私はセレナ。セレナ=ミッフィールと言います。ご覧の通りエルフ種で……」
いきなり始めた彼女の自己紹介。
店主には何が何やらで理解が追いつかない。
「エルフ……だって? いや、ここは地球の日本だぞ? そんなの空想、妄想の世界の存在……いぃ?!」
セレナと名乗った女性は自分の金髪を掻き上げ、耳を見せる。
今までは髪の毛に隠れて見えなかったが、外側に向かって尖っているのが見えた。
「整形、特殊メイク……じゃない」
見ただけで加工されたものかそうでないのか分かった瞳の色。
瞼や眉のように自在に動かしているその耳の先を見て、本物かどうか分からないはずがない。
店主は彼女の鎧を見て感じたことも思い出す。
彼女の顔と姿といい、大きな宝石の岩といい、この世に存在することがあり得ない連続。
普通の人間ならば、頭のねじが外れている者の話かそんな設定を考えてその設定上で生活しているイタい人物としか思わないだろう。
しかしそんな力を持つ店主だからこそ、セレナの言うことを信じることが出来た。
「言葉が通じる魔術をこの部屋にかけました。私と……あの、お名前を」
「お……あぁ……、別に知り合いになる気はないから店主とでも呼んでくれ。この店の、一応社長の立場なんだがお客さん達からはそう呼ばれてる」
店主の言葉に頷いたセレナは、まずは頭を下げながら感謝の言葉を口にした。
お礼の有無は気にするだろうが、店主にとってはどうにかしてもらいたいことがある。
できれば相手から切り出してほしい話題ではあるが、しばらくすれば今日の開業時間になってしまう。相手の話を待つ余裕まではない。
「それはいいがよ、怪我はないか? さっきから心配してたんだが。それとあのでかい宝石、あれを何とかしてくれないか。セレナさんのだろ? そうでなくても、あんたに何とかしてもらわんとこっちが困る」
言葉が通じさえすれば、新たなトラブルが起きない限り第三者の介入の必要はない。
体に異変はないなら、あとは腰を落ち着けて話すだけ。
「なら同じ術をお店の方にかけましょう。あ、ちなみにその術で私と会話できるのはテンシュさんだけです。効果の時効もありませんので心配無用です」
店主は心の中で拒絶する。
こちらにとっては非常識になりそうな常識を押し付けられても困る。
「そう言えばさっき、ここはチキュウのニホンとか言ってませんでしたか?」
シャワー前の会話を思い出したセレナはこの場所について尋ねた。
いくら初めて来た場所とは言っても、位置が分かれば戻るためのルートも判明する。
誰の力も借りずに戻ることも可能。
ここに来る前のことを思い出し、やや焦りの色を顔に出した。
「あぁ。セレナさんはどこから来たの? 観光旅行? とは思えんな。ここらにゃ観光名所がないからな」
店主の詳しい説明を聞いても、セレナにはすべて聞き覚えのない地名しかでてこない。
セレナの焦りの表情に落胆の思いも加わる。
逆にセレナがどこから来たかを説明しても、いくら記憶をたどっても何も出てこない店主。
「バルダー村じゃ、私行方不明扱いされてるかもしれない。私はいいけど、お兄……ウィリックもまさか……」
「どうしろってんだ。互いに場所が分からないんじゃ帰り道だって分かりゃしない。人の話を鵜呑みにするのも良くないだろうが、少なくとも信じる根拠はあるからな。だからと言って何の解決にも……」
宝石の岩のことしか頭になかった店主は、改めて彼女の憔悴ぶりが目に入る。
元の場所に移動させられるなら彼女の望みも叶うだろうが、その糸口も存在しない。
気の毒に思うことしかできない店主だが、セレナにとっては何の意味もない。
「物質的にはトルマリン……アクロアイトか? こっちの世界の物にしては、内在してる力が異様に……。いや、これは使えるか?」
「戻れるんですか?!」
店主のぼそりと呟いた一言でセレナの顔は一変した。
だがセレナとは違い、店主の表情は変わらない。
「ただ、その可能性が高くなる力がありそうな石だなって思っただけだよ。それにこのでかい宝石、間違いなく人力で動かすのは無理だ。しかも店の邪魔以外の何者でもない。セレナさん、もし戻れるならこれも持って帰ってもらえると助かるんだがね」
自分よりも筋力があることは分かっている。しかしそんな彼女でも、彼女並みの力のある者達が何人いても動かせそうにないその宝石岩。どのみちセレナが自国に戻れない限りどうしようもない。
しかしセレナには思い当たる節がある。
この世界に飛ばされた原因は、巨塊の体の断片によるもの。
それは石化してから起きた爆発。そしてそれと同じものがここにある。
つまり、この世界に飛ばした爆発の原因の物体が、セレナと一緒に自らも飛ばされた。
そして今もなお、その物体と共にいるということになる。
「……爆発する元になった力を持っているということと、その力は多分あるんだろうが爆発するような飽和状態ではない。爆発を起こさせず、この岩と一緒に自分の世界に帰ってもらえれば万事解決ってわけだろ……?」
「か、帰れるなら何とかします! でも帰るには、私の力では何ともしようがないのです!」
縋る思いで店主を見るセレナ。
店主はさらに考える。
自分の力ではどうにもならない。
彼女の手を引こうとしたときに、彼女が持ついろんな力を感じ取った。
その力を使っても出来ないことだが、彼女が持ってない力をあの宝石にあるのだとしたらどうか。
手段を作り上げ実行すれば可能だろうが、その前には理論が必要になる。
店主はじっくりとその岩の内面を見ることにした。
「車は通れるが通行人の邪魔になるな。まぁ所有者が判明しただけでも何かとやりやすいな。さて……」
所有者不明の宝石の扱いは慎重を要する。
どんな経緯で宝石が目の前に存在するのか。
その途中で血なまぐさいことが起きていたとしたら、流石に接触は遠慮したい。
何処で誰からどんな思いを自分に向けられるか分からなかったりすることもあるからだ。
だがそのことが分かれば、自分が見通せない危険はない。店主は、安心してその宝石岩に手をかざす。
ある条件下において電気を帯びる特殊な性質を持つこの宝石は、他にも何か別の力を持っていることを確信した。
「……移動するためには、その方法が必要になるよな」
「え? そりゃもちろんそうでしょうけど」
「例えばこの石に触ることで移動することが出来るようにしたとしても、移動先に同じ環境がないと、戻れた直後とんでもない場所に出ることもある。石の中にいた、なんてことになって脱出不可能になったら困るだろ?」
店主の言う通り、向こうの世界でこれまで通り生活できる体でないと意味はない。
「そうだ! 私も道具屋を経営してるんです。その扉が転移先なら何の問題もないかも」
「となれば、こっちの扉にそんな仕掛けを作ればいい。そちらの店の入り口に送り届ける能力をうちの店の扉に持たせる。これでセレナさんが戻ることは出来るだろうが……」
店主の頭の中では、理論的にはほぼ解答を出すことが出来た。
しかし実際にどのようにしたらいいか分からない。
「まずドアを左右二枚ずつ作る。次にこの店の扉と交換して残りの一組をそっちの店に持ち込む。出来ればあの岩と一緒にしてほしいがまぁそれは置いといて」
自分にとって重要なことがセレナにとっては忘れ去られても構わない些細な事だったりしても困る。
念を押して話を続ける。
「セレナさんが戻ったらそこでも扉を交換して、それからこの岩を持ってってもらう。これで問題はすべて解決だが……」
だが肝心な時間がない。
というか、この岩を使って扉を作ること自体時間がかかりすぎる。
「それならいい方法があります! この店の扉を入れ替えるのならすぐに出来ます!」
これまでの話し方から急変し、しっかりとした意志が伴ったセレナの強い口調は、自分が思いついた方法とはいえ曖昧な発想のために今一つ自信が持てない店主を驚かせた。
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