巨塊討伐編 第一章:「天美法具店」店主、未知の世界と遭遇

店主とエルフは互いの世界を知る 1

 ドスン!


 大きな重い物がどこからか落ちてきた音が、その衝撃の振動と共に起きた。

 それは『天美法具店』の店主の眠りを妨げた。


「うおっ!」


 店主は驚いて布団から飛び起きる。目覚まし時計の針は明け方の五時を越えた時間を指し示していた。

 大きな縦揺れ。誰でも地震を想定するだろう。

 しかし揺れは一回きり。

 枕元に置いてあるスマートフォンを手にし、地震の情報を急いで探しながら『天美法具店』の二階にある彼の寝室の窓から外の様子を見る。

 店主の住まいは、三階建ての法具店の二階と三階。寝室は三階にあり、その窓は『天美法具店』の入り口の真上にある。

 外はようやく朝日が昇り始める。商店街の道路を走る車は、通り過ぎていく走り去って行く一台か二台しか見えない。周りは普段の朝と変わらず静まり返っている。

 店主は再びベッドを見る。

 振動は気のせいではなかったことが、微妙にずれている目覚まし時計や枕もとの本の位置が教えてくれた。


「ということは、振動を感じたのは俺だけか。つまり震源は……」


 店主はいつも、午前六時頃に起きているが体調がすこぶるいい時はこんな時間に目が覚めることもある。

 そんなときに見る風景と何ら変わりはない外の様子。

 しかししっかり見ると、いつもと違う点を見つけられるかもしれない。

 そう思い直して再び窓の外を見る。

 確かにそこに原因と思しきものがあった。

 店のショーウィンドウの前に、何やら大きな塊が置かれていて、その傍に誰かが地面に倒れているのを見つけた。


「……おいおい、あんなでかい音と振動があって、アスファルトの地面の上を仰向けで倒れてるって、頭打ってるだろこれ! 救急車か?! いや、意識と怪我を確認してからだ!」


 店主は寝間着姿のまま大急ぎで三階から一階までの折り返しの階段を駆け下りる。

 店の入り口の施錠を外し外に出ると、上から見るよりも大きい実感が湧くショーウィンドウの前にある大きい岩状の無色透明な宝石。

 ショーウィンドウとの接触も気にかけたが、そんなことよりも女性の怪我の確認を急いだ。


「何だこれ。鎧か? 女性が身に着けるもんじゃねぇだろうけど……」


 店主は外に出て初めて、兜が傍に転がっているのを見つけた。

 鎧と似た色彩の兜。それを被ってたのだとしたら、頭への衝撃は思いの外重くはないはずだ。


「お、おい、大丈夫か? えーと……頭を揺らしたらまずいよな。まずは声をかけて反応……」


「ん……んん……」


 女性がうめき声をあげる。

 意識は取り戻せそうだと判断した店主は急いで店内に入っていく。

 目当ては店舗内に置かれているソファの上にクッション。

 それを鷲掴みで外の女性の元に再び戻る。

 頭の下になるべく振動を与えないように、慎重にそのクッションを差し入れる。


 痛みを訴えないということは、怪我をしているというのは自分の思い込みかもしれない。

 となれば、救急車を呼ぶまでもない。

 しばらく様子見をした後でも遅くはない。


「それにしてもここに一人で来たのか? 外国からの訪問者にしてもコスプレにしても、こんな早朝に一人でこんなところに来るのは考えられないし……。お、気付いたか? 痛い所はないか? あんた何処から来た? っていきなりいろいろ質問しても埒が明かないか。とりあえず怪我の有無の確認が先だな」


 瞼を開いたその女性の瞳は珍しい水色をしていた。

 どう見てもカラーコンタクトを入れているとしか思えない。

 誰でもそう感じるだろうが、店主は見た目の判断には誤魔化されない。

 彼女の瞳を見ただけで、人工物も人工着色もされていない、彼女の生まれながらにして持つ瞳の色。

 そして染めてはいない金色の髪の毛も彼女の目立つ特徴の一つ。

 宝石の原石を手に入れるため、海外の産出国に何度も足を運んだ店主は、日常会話程度だったら普通に出来る。

 どこの国の出身だろうが、ゆっくり会話すれば簡単な会話は出来るはず。

 しかし彼女が発する言葉は、店主は一度も聞いたことのない発音の連続だった。


「×◎▲☆◇△……」


「え? どこの言葉だそれ?」


 店主が何度か聞きなおしても、同じような発音がその女性から繰り返される。

 言葉が出ないから理解できないとは言い切れない。

 そんな不確かであいまいな希望に縋る店主は知り得る限りの言語を使う。

 しかしいずれも相手は理解を示してくれそうにはなく、眉間にしわを寄せるのみ。


「頭打って自国語忘れたわけじゃねぇよなぁ……。警察に連れて行ってもそれで解決できるかどうか……参ったなこりゃ」


 自分が住んでいる場所なのに、まるで初めて足を踏み入れた違う文化圏の国にいる錯覚に陥りそうになる。

 いくら友好的な気持ちを持とうが、理解しようとする足掛かりがどこにも見つからない。

 だがそんな経験も店主は何度も踏んできた。

 心細くなるのは迷ったり悩んだりしかしてないから。

 そんなときには、滑稽と思われようが笑われようが、とにかく相手に自分の思いを伝えること。

 相手がどこから来たか、自分はどんな言葉を話すか、そんなことよりも今は問題にしなければならないことがある。

 店主は大げさな身振り手振りを繰り返した。

 湿布や絆創膏くらいなら、店内や事務所に置かれている救急箱に揃っている。

 屋外よりも店内で手当てする方が面倒事も少なくなるはずである。


「▽●×◇……」


 彼女は相変わらず店主の理解できない言葉を口にしてばかりだが、店主の努力の甲斐はあったようで、彼女はゆっくりと立ち上がり店主の動きに従った。


「そうだ、体の状態の確認も兼ねてシャワーさせたら……。うん、みんなの出勤時間にはまだ早いし大丈夫だろう。って……シャワーの説明できるかな……」


 しかし一方的にただ話しかけるだけというのは意外と話しづらい。

 話しづらいその原因は他にもあることに気が付いた。


「そうだ、あんた、名前は? って……ジェスチャーで名前を聞くのも難しいな。言葉が通じないんだからしょうがないだろうが……」


 見知らぬ異性の体やその一部にいきなり触れるのは場合によっては失礼にあたる。

 相手によっては恐怖や怒りを感じる者もいる。

 だが今はそれどころではない。救急車などが必要になった時、店の外にある宝石の岩をどう扱えばいいのか。

 極力力を抜いて、少しでも嫌がるそぶりを見せたら別の方法を考えればいい。

 抵抗されて騒がれても困るが、格闘の心得か何かがあるならそこまで切羽詰まることはないだろう。


「え? なんだこれ?」


 店主がしょっちゅう感じ取ることが出来る、石が持つ特別な性質。

 それに似た力を、視覚ではなく彼女の手に触った指先を通して感じ取った。

 人間にはそんな力があるだろうか、と試しに何度か見たことがある。

 当然誰も持ってはいなかった。

 地水火風空だの木火土金水だの、そのような元素によってあらゆる物体は形成しているという概念があることも知っている。

 だが現代医学にはそれは当てはまらないし、店主が見える人体の中に存在する性質もその医学通り。

 なのに、彼女の体の中からそんな性質や力が存在することをはっきりと感じ取れた。

 店主は動きを思わず止めた。


「そう言えば、この人の身に着けている素材、初めて……いや、地球のどこかからか採れるものなのか? 考えてみりゃ剣みたいな物だって、刃物その物……銃刀不法所持……? いや、そうではなく……。それに腰についてる杖……。あ、いやいや、まずはシャワーだ」


 頭を素早く左右に振り、雑念を払う。

 まずはこの女性の手当てが先。

 指差しや手招きで、何とか時間をかけずに目的地に到着。


「ここがシャワー室。ここで身に着けてる物を全て脱いで……この中で体の汚れを落としてもらうか」


 勇ましい鎧姿の割には心細そうな表情をしている彼女。

 店主の説明で

 シャワールームの扉を開けて説明する店主を見てその表情はようやく和らいだ。

 脱衣室から出た店主は大きく息を一つ吐く。

 あとは脱衣室から出てくるのを待つだけ。

 その間に救急箱を取りに行ってもよかったのだが、カラスの行水ですぐに済ませ、廊下に出てきた時に誰もいなかった時の彼女の心境を考える。

 見知らぬ土地の見知らぬ場所で放置されたときの心細さも、店主は何度も経験済みである。


「さぁて、手当てをするまでは出来るだろうがその後のことまでは考えてなかったな。……荷物もなかったようだし、パスポートや財布がないってことは、この町のホテルにでも宿泊してるのか? いや、じゃああのどでかい宝石はなんなんだ? 警察呼んだりしたら取り調べになって、あれをそのまま放置、何てのもこっちには都合が悪いし……って、もうシャワー終わったのか?」


 入浴とは違い、怪我の箇所を清潔にしたりついた土埃などを落とすだけのつもりだったのだが、それにしても早すぎる。

 それもそのはず。

 脱衣室に入る前と全く変わっていない。

 女性は脱衣室に入る前と同じ格好のまま。今度は店主が逆に手首を掴まえられ中に引っ張り込まれた。


「ち、ちょっとあんた、何するんだ。言葉が通じないから聞かれたって何を言いたいのか分からんぞ?」


「あ、あの、面倒見ていただいてありがとうございます」


 今までの意味不明の言葉は何だったのか。

 流ちょうな日本語が彼女の口から出てきた。

 店主は自分の耳を疑った。

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