海辺の病院で彼女と話した幾つかのこと  (完)

作者さま:石川博品

キーワード:SF パニック バトル 青春 恋愛 苦悩 書籍化作品


あらすじ

主人公「上原蒼」は日曜日になると、海辺の病院へ行く。かつて一緒に戦った少女たちの見舞いのために。奇病によって一夜にして死んだ町、謎の怪物たち。そして生き残りの高校生たちに発現した超能力。救いなき戦いの記憶と癒えぬ病。


感想

淡々とした文体に迫力が出ていて、序盤から重苦しい魅力が。さすがは作家として出版歴がある人ですね。


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右肩をつかみ、腕を撫でおろしていく。二の腕は何ともない。ひじのあたりからおかしくなった。手触りが人間の体とはまるでちがう。硬くて、爪を立ててもへこまない。腕が完全におおわれて隙間はなかった。


 手首にかけて細くなっていく。だがそれは人体の自然な輪郭とはちがった。その先はさらに細く、指があるはずのところより先まで行って鋭く尖(とが)っているようだった。


 彼はベッドからおりた。動くと頭が痛かった。耳がかっかと熱い。


 電気をけると、それがはっきり見えた。


 肘から先が黒い金属に包まれている。ヨーロッパの騎士が馬上試合で着ける|槍<<やり>>のようだ。LEDのライトでも埋めこまれているみたいに赤と青の光が並ぶ。彼は以前テレビで見た光る海月くらげを想起した。


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全体的に静かな文章なんだけど逆にそれが物語の凄みを増している。序盤の病気による悲劇は強烈に引き込まれます。

そしてバトルものであると同時に青春譚であり心理描写も厚い。夢・戦う目的などが深掘りされていて登場人物にリアリティが出ている。1人1人抱えている思いが違うんですよね。


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力のことを隠しとおせぬことは彼にもわかっていた。


 そうかといってあっさりと明かす気にもなれない。自分でもそうとは認識していなかったが、心の奥底ではこの力を自分ひとりだけが持つものと誇っていたのだ。


 同じ能力者が現れて、蒼の特権的な立場は崩れた。たった1匹殺して満足している蒼とはちがい、彼らはもう3匹も殺したという。


 劣等感をおぼえる。勝ち負けがつくことは嫌いだ。だから部活も勉強もやる気になれない。走るのはいつもひとりだった。


 だがいまは、夢を追っている――あの蜥蜴どもを殺すという夢。


 小さなプライドを後生大事に守っている場合ではない。


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自分には夢が無いと思っていた少年。しかし、それは今の日常に満足していたからだった。それが突如にして崩壊してしまう。

復讐こそが自分の新たな夢だと感じ、能力を授けられた特別な人間だと信じる……のだがそんなことはなかった。

主人公の心理描写がとても上手く、共感しちゃうというか「分かるな~」と感じるポイント多数。ほんと上手いです。シリアスな戦場にいるはずなのに女子の体にときめいちゃうのも実にリアル(笑)

終盤に明らかになってくる真実はバトルものとしては賛否両論かも? しかし現実の不条理こそが敵である青春ものとして見れば良い展開でグッときました。終わり方はかなりビター。でも、作品の雰囲気にはぴったり。エピローグも実に深い。


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子供じみた夢がかなうとわかったら、そこに飛びこむしかなかった。


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ここまで読んでくると強く胸を打たれる言葉です。全体を通して見事な描写だらけであり、さすがに実力がある人は一味違いますね。



状態:完結

文字数:173,800文字


作品URL

カクヨム https://kakuyomu.jp/works/1177354054885193059

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