第152話あらやだ! プライドが高いわ!

 デリアがひゅんひゅん鞭を振るたびに爆発が起こる。まるで健太がしてた戦争ゲームみたいな轟音が闘技場を揺らしてしまう。あたしは耳を押さえながら、二人の動きを見とった。

 見るかぎりデリアは鞭を上手く使いこなせてへん。素人の動きそのものやった。せやからランドルフは軽々と避けてしまうんやけど、床に当たるだけで爆発が起こってまう。その余波は流石のランドルフでも避けられへん。

 しかし上手いこと考えたな。鞭は当たると痛いんやけど、死ぬほどやない。弱点が威力不足言うなら、付与して無理矢理向上させる。ええ考えや。


「ランドルフさんはどうして僕と戦ったときと同じように、光の鎧を創らないんでしょうか?」


 隣で観戦しとったクラウスが不思議そうに言うた。


「爆発に耐えられへんわけやないしな」


 そう返すあたし。ランドルフやったら、相手が女の子でも全力を出すと思うんやけど。

 そうこうしているうちに、防戦一方やったランドルフが攻勢に出た。

 扱いが慣れとらんデリアの隙をついて、懐に潜り込もうとして――


「ふん! そんなの予想済みよ!」


 デリアは――ランドルフ目がけて爆裂魔法を放った。鞭に付与するんやなくて、普通に魔法を行使したんや。

 ランドルフは腕を交差してガードしたけど、衝撃は通ってしもうた。後ろに吹き飛んで――武舞台から落ちる寸前で堪える。


「どう? 見える鞭と見えない魔法の合わせ技は?」

「……厄介としか言いようが無いな」


 ランドルフの身体に付いた石片を払いながら――苦々しい顔で言うた。


「遠距離でも近距離でも対応ができる。しかも落としたら負けの試合で、場外にしやすい魔法。正直厳しい状況だ」

「分かっているじゃない。でも降参なんて考えないでよ? まだ楽しみたいんだから」


 まるでいじめっ子みたいな笑みを見せるデリア。ランドルフは汗をかいとる。


「それにあなたの魔法は効かないわよ。光の鎧があっても衝撃は伝わるし、纏えば動きも鈍くなる」

「……まるで俺を対策したような魔法だな」

「うぬぼれないでよ。これはユーリを倒すための魔法なんだから」


 突然、あたしの名前が呼ばれて戸惑ってまう。


「ユーリさんだと? どういうことだ? 以前勝ったはずだろうが」

「あんなの――勝ちとは言えないわ。ただ魔力が多かっただけなんて。すっきりしないじゃない」


 デリアは鞭を構えながら、ランドルフに話す。


「私はユーリに勝ちたいの。完璧に、完全に。完膚なきまでにね」

「……てっきり仲が良いと思っていたけどな」

「仲は良いわよ。むしろ親友って言ってもいいわ。だからこそ勝ちたいのよ。大好きだから超えたいと思うのは、おかしいことかしら?」


 あの素直やないデリアの口から大好きちゅう言葉が出た。もしかすると明日は雨かもしれん。


「……一つだけ教えてやる」

「何よ?」

「俺たちの会話、ユーリさんも聞いていると思うぜ?」


 きょとんとしたデリアの顔。そして急激に赤くなる。


「え、あ、はあ!? あ、ああああ! そうよ、魔法で……!」

「今だ、隙ありだぜ!」


 狼狽するデリアに容赦なくランドルフは襲い掛かる!

 デリアは振り下ろされる剣を「きゃあああああ!」と叫びながら転がるように避ける。

 そして爆裂魔法をランドルフに放つ。


「何すんのよ!」

「……試合中にあんな恥ずかしいことを言うやつに言われたくないな」

「――っ! うるさい!」


 滅茶苦茶に鞭を振るったり魔法を放ったりするデリア。冷静さを失ってしもうたら、あかんで。そこに付け入るんが、ランドルフなんやから。


「悪いが本気で行くぞ!」


 その言葉どおり、ランドルフはデリアに突撃した。

 爆発を物ともせずに前へ進む!


「相変わらずタフね! でもこれで終わりよ!」


 思いっきり振るった鞭が、ランドルフの顔面を捕らえた――


「それを――待っていたぜ」


 ランドルフは素手で、鞭を掴んで、デリアの手から引っこ抜くように、取り上げた。

 この一連の動作は一秒もかからなかった。


「はあ!? なんで爆発が――」

「手元から離れてしまえば、付与は出来ねえ。それに爆発までのタイムラグがあるみたいだな」


 タイムラグ言うてもほんの僅かの間しかあらへん。普通の神経してたら爆発恐れて掴むことできひん。

 なんちゅう度胸の持ち主や。


「くっ――」

「悪いが、俺の勝ちだ!」


 ランドルフはデリアの眼前にまで迫った――


「――惜しかったわね」


 次の瞬間、ランドルフの足元が爆発した――


 土煙で武舞台が見えへん。どないなったんやろうか?


「…………」


 晴れてきて、見えたのは、仁王立ちしとるランドルフやった。

 おお、ランドルフ。爆発耐えたんか!

 そう思った間もなく、ランドルフは前に膝をつき、そのまま倒れてしもうた。


「あら。武器は鞭しか使わないって言って無いわよ?」


 二人の間の床がキラキラ輝いとる。

 あれは――細い糸?


「いつ、仕掛けたんだ……?」


 倒れたまま、ランドルフが訊ねた。


「……本当にタフね。呆れたわ」


 デリアは糸を回収しながら、ランドルフに向かって言う。


「鞭を振るっているときよ。ひゅんひゅん鳴っていたのは鞭だけじゃないわ」

「……見えない魔法と見える鞭。それだけに警戒していた俺がマヌケだったみたいだな」


 ランドルフは剣を支えに立とうとしたけど、なかなか立てへんようやった。デリアは落ちていた鞭を拾って、いつでも打てるように構える。


「ま、これもユーリの影響ね。隠し玉を用意することの重要さを教えてもらったのよ」

「確かに、ユーリさんも考えそうだ……」


 デリアはランドルフに向かって言う。


「さあ、立ちなさい」

「……あぁ?」

「これで決着は納得行かないわ」


 デリアは敢えて、ランドルフの間合いに入った。何する気やろ?


「立ち上がって斬りかかった瞬間、私は攻撃を再開するわ」

「もしかして、どっちが早く相手に一撃を与えるかの勝負か?」

「ええ。そうよ。今のあなたなら簡単に倒せるわ。でも私のプライドがそれを許さない」


 デリアは真剣な表情で言うた。


「さあ。後腐れもなく、完全に完璧に完膚なきまでに決着をつけましょう」


 二人の間にただならん緊張感が漂う――

 ランドルフが、ふうっと溜息を吐いた。


「――っ!」


 瞬きせえへんかった。

 せやけど、吹き飛んだ瞬間は分からんかった。


 武舞台に落ちたんは、ランドルフやった。


「勝者、デリア・フォン・ヴォルモーデン!」


 闘技場が割れるほどの大歓声が起こった。

 デリアは肩に手を置いた。どうやら斬られてしもうたみたいや。


「もしも――いえ、やめておきましょう」


 デリアは踵を返して武舞台から下りる。

 ランドルフは意識はあるようやけど、流石に動けんようやった。




 こうして三回戦が終わり、四回戦が始まる。

 かなり興奮する試合の後でなんやけど、あたしは不戦勝で五回戦に進むことになった。

 前の試合は両者が同時に気絶してもうて、引き分けに終わったんや。

 デリアもイレーネちゃんもキールも勝ち上がって、ベスト十六に魔法学校の生徒四人が残るちゅうとんでもない事態となったんや。


「お姉ちゃんって本当に幸運だね。羨ましいよ」

「まったくです。その運を分けてほしいくらいです」


 エルザとクラウスの二人でランドルフの見舞いに向かう。まああたしが治すつもりやった。クラウスの頬の傷と同じように。

 闘技場内の医療室前。

 後ろから声をかけられた。


「やっと貴様と戦えるな。ユーリ」


 頭に包帯を巻いとるキールがこっちにやってくる。


「あんたか。悪いけど負けへんで」

「ああ。全力で戦おう」


 あたしはキールの頭に手を置いた。

 そして治癒魔法をかける。


「……なんのつもりだ?」

「あたし、四回戦不戦勝やからな。こんぐらいやらんとフェアやないからな」


 キールはふんっと鼻を鳴らして「後悔するなよ」と言って去っていった。まあ怪我が治ったから医療室には行く必要ないか。

 その後ランドルフの傷も治して、一緒に宿に戻った。三人はこれから残念会をするらしい。そこには厚顔なあたしでも参加できひんな。

 宿で一人晩ご飯を食べていると、イレーネちゃんが「ユーリ。隣いいですか?」と声をかけてきた。頷くと大盛りの晩ご飯をどかりと机に置く。


「デリアの試合見ましたか?」

「ああ。見たで。ちゅうかイレーネちゃんの試合も見たわ」


 知らない間に槍術が上手くなっててびっくりやわ。しかも火の魔法を上手く組み合わせとる。付いた異名が『隻眼の火槍使い』やったもんな。


「ええ。片目が見えないハンデを乗り越えるために、必死になりましたから」

「そうか。いつかあたし――」

「良いんですよ。助けてくれただけで嬉しかったんですから」


 にっこりと笑うてから、イレーネちゃんは言うた。


「デリアは私が倒します」

「……えらい決意やな」

「魔法大会のリベンジもありますけど、今回の喧嘩の決着もつけたいんですよ」


 あたしは「まあ早いほうがええな」とだけ言うた。


「ユーリ。あなたにも負けませんよ」

「あたしもこうなったら優勝目指すわ」


 イレーネちゃんは大振りのパンにスープを浸して、女の子らしくない豪快さで食べる。

 なんや燃えてきたな。


 夜が明けて、翌日。

 鉄血祭三日目。

 五回戦と六回戦が始まる――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る