第153話あらやだ! 因縁の戦いだわ!

 五回戦のあたしの相手はキールや。五つの属性魔法を操る天才やけど、はっきり言ってここまで勝ち上がるとは思わんかった。修練ばかりで実戦経験が少ないように思えたからや。

 せやけど五回戦まで勝ち上がったちゅうなら、これはもう偶然なんかやない。確固たる実力と断固たる覚悟がある証拠や。

 それに初対面で出会ったときを思い出すと、キールはあたしと戦いたがっていた。そう考えると、気合十分で臨んでくるに決まっとる。

 あたしもここまで勝ち進んだからには優勝を狙うつもりや。絶対に負けへんで、キール。


「これは好カード! 『雪氷の魔法少女』ユーリ・フォン・オーサカ選手と『青い閃光』キール選手! おそらく決着がすぐにつくことはないでしょう!」


 武舞台に上がって最初に注目したんはキールの表情やった。真っ直ぐにこちらを見とる。驕りもなければ恐れもあらへん。あたしをじっと見据えとる。


「このときを待っていた。入学当初から、ずっと」


 キールは腕組みをしてたんを解いて、あたしに話しかける。


「貴様の口車に乗せられて、戦うことは叶わなかったがな」

「なんや。やっと気づいたんか」

「ああ。そういうところが義父上のお気に召さないところだろうな」


 そして――キールはにやりと笑うた。まるで獲物を前にした魔物のような笑みやった。


「これでようやく、義父上に認めてもらえる」

「……既に勝った気でいるんか。たいしたもんやな」

「これまでの戦いで、俺は本気を出してはいない。その意味が分かるか?」


 キールは威嚇するように大きく腕を広げる。武舞台が小刻みに震えだす。魔力が高まっていくのを感じる。


「俺は、お前を――既に超えている!」


 試合開始の銅鑼が――闘技場内に響き渡った。


「ファイア・アンド・アクア・マシンガン!」


 キールが怒涛の勢いで魔法を放つ――しかも二属性同時にや!


「――アイス・ウォール!」


 咄嗟に氷の壁を作って防御するけど、錬度の高い中級魔法やと防ぐんが精一杯や。

 あたしは後ろに下がりつつ、急ぎながらも分厚い氷の壁を作り続けたけど、すぐに壊されてしまう。


「前よりも強くなってるやんか! 見直したで!」

「当たり前だ! あの魚人に負けて以来、一から鍛錬を積んだのだ!」


 やばいな。このままやとジリ貧や。

 焦ったあたしは斜め上目がけて氷を放つ。放物線を描きながら、氷の塊はキールの元へ向かう。

 魔法が少しだけ止む。どうやら当たったようや――と思いきや、今度は風と土の魔法が弾丸のようにあたしを襲う!


「ちょ! あかんて! 一方的やん!」


 どないしよ。とりあえずもう一回遠距離狙うてみるか……?


「――これじゃあ駄目だな」


 ぴたりと魔法が止んだ。そしてキールが大声で叫ぶ。


「ユーリ! 貴様に見せたいものがある!」


 氷の壁からひょこっと身を出してキールと向かい合うた。さっきの攻撃は頭をかすったようで少し血が出とる。


「なんやねん。見せたいものがあるんなら、さっさと見せや」

「以前、貴様は不敬にも義父上に質題したな。全知全能の神は自分に持てない石を作ることができるのかと」


 うん? ああ、そないなことがあったな。


「それがどないしたんや!」

「それが良いヒントになった。礼を言いたいくらいだ」

「はん。それなら降参してくれや」

「却下する。今からその成果を見せるのに、降参などできるか」


 成果? それってつまり、完成しとるちゅうことか?


「最大で三つの魔法しか合成できなかった。しかし修練の結果、俺は同時に五つの魔法を行使できるようになった」

「……ほんまに埒外やな」

「ふふっ。まずは火と風と土を合成」


 キールは右手を差し出す。すると黄金の球体が現れた。


「次に光と水を合成」


 左手に出てきたんは、銀色の球体。


「全知全能の神は持てないまま持つことができる。ならば合成しないまま、合成することができるのなら、それは神に等しい力というわけだ!」


 矛盾もしくは神の奇跡を目指しとるような言葉。せやけど、あれは本気の目やった。確信を得とる目でもあった。


「いくぞ! ユーリ! この二つを――合わせる!」


 二つの魔法の球体を強引に合わせる――キール。

 両手で押し込むように――重ねる。

 武舞台どころか、闘技場が震え出した。まるで地鳴りちゅうか、地震そのもの――

 観客たちが騒いどる。審判が不安そうに見つめとる――


「キール! 危ないわ! もうやめとき!」


 思わず止めようとした瞬間、それは――顕現したんや。


 一筋の白い光が、氷の壁を音も無く、消し去った。


「…………」


 反応できひんかった。でも反射的に動いてまう。

 信じられへんことが、起きた。

 あたしの居た場所の床が、綺麗さっぱり無くなってしまったんや。


「はあ、はあ、どうだユーリ。これが――『イレイサー』だ」


 息を切らしつつ、得意そうに、自慢げに言う、キール。

 せやけど、あたしは呆然として、何も返せへんかった。


 観客のどよめく声が遠くに聞こえる。


「……あんた、何をしたんや?」

「ふふ。俺も予想外だったが、合成魔法の先を見つけてしまったんだ」


 汗だらけの額を拭いながら、キールは言うた。


「この世を消し去れる力だ。これで義父上の役に立てる」


 そしてあたしを指差した。


「これで貴様に勝てる。ユーリ」


 あたしはこんとき既に、弱点を見つけてしもうた。目に見えて衰弱しとるキール。おそらく体力をかなり消耗するんやろ。それに強力やけど連発はできひん。

 そして最後の弱点は致命的や。


「――あんたの負けや。キール」


 あたしは――キールに向かって、一直線に走り出した。


「なあ!? くそ――」


 思ったとおり――いや予想外やな。普通の属性魔法も撃てへんらしい。どうせあたしの戦意が喪失するんと思うてたんやろ。

 悪いけど、あたし結構、無茶するんやで?


「キール。この試合のルール上、あんたはあたしを殺せない」

「はっ! 殺す気など――」

「でも何でも消し去る魔法なんて、手加減できひんやろ」


 指摘した瞬間、ハッとした顔になるキール。


「――って! 気づいてなかったんかい!」


 思わず突っ込みながら、あたしは魔法を行使しようともたついているキールに、氷の魔法を撃った。

 鳩尾に重く入った魔法。胃液を吐き出しながら、うずくまるキール。


「ぐおおお。なんで……」

「あんたは天才やけど賢ないな!」


 あたしは無理矢理起こして、疲れ切っとるキールを、ドンと押した。

 何度も作った氷の床。キールはそのまま滑って、武舞台から落ちてしまう。


「ずるいぞユーリぃいいいいいいいいい!」


 負け犬の遠吠えに対して、あたしは何も言わず、審判の勝利宣言を聞いていた。


「勝者、ユーリ・フォン・オーサカ!」




「ずるい。あれは汚い」

「そうだよね。お姉ちゃんの勝ち方って汚いよね」


 闘技場の選手控え室。

 エルザとキール、二人の負け惜しみを聞き流しながら、あたしはイレーネちゃんの試合を見ていた。まるで巨人と蟻のような実力差で相手を下したイレーネちゃん。数年前と比べてかなり強なったな。


「それで、六回戦はデリアとイレーネちゃんの試合になるわけやな」

「そうだけど、お姉ちゃんは次の試合気にしている?」

「あ、そうやな。誰なんや?」

「次の相手はかなり謎だよ」


 エルザは声をひそめた。まるで怪談話すときみたいに。


「五回戦まで一撃で倒しているの。でも深くローブを被っているから、人相どころか性別も分からない」

「ふうん。ま、なるようになるやろ――」


 そう言いかけたとき、控え室に慌てた様子でドワーフがやってきた。


「すみません。六回戦ですけど、相手が棄権になりまして、あなたの不戦勝となりました」

「はあ? なんでやねん。怪我とかやないやろ?」


 戦わずに進めるのは願ったり叶ったりやけど、なんや腑に落ちん。


「何でも『飽きたから帰るわあ。じゃあねえ、ユーリちゃん!』と書置きが……」

「……あの女、どこまでふざけとんねん」


 あたしは盛大に溜息を吐いた。

 キールが「知り合いなのか?」と訊ねてくる。


「知り合いやない。あたしの敵や」

「……まさか、あの人が? 何の理由で?」

「知らんわ。真面目に考えてたらキリない」


 拍子抜けしてもうたけど、これで決勝に行ける。

 でもそん前に、見なければあかん試合がある。

 あたしの友達同士の、試合やった――

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