第149話あらやだ! 火の悪魔だわ!

 姉妹対決の前に見なあかん勝負があった。第三十七試合のランドルフとクラウスの対決や。

 それまでは体力と怪我の回復の専念しとった。そのせいでキールやラウラちゃんの試合は見れんかった。まあどっちも勝ったらしいからええけど。

 クラウスは戦うタイプの人間やない。せやから棄権したほうがええんちゃうかと思わないでもなかった。


「安心してください。勝機がないことはないんですから」


 選手控え室の外の廊下でクラウスは言うた。心配で様子を見に来たあたしに対して安心させるように頷く。


「ほんまか? 強がり言うてるなら――」

「ふふ。信用ないんですね。まあ僕が戦うところは見せてないですから、当然でしょうけど」


 クラウスはにっこりと笑いながら言うた。


「でも勝つために戦う人に諦めて挑んでも、勝てるわけありませんから」

「クラウス……」

「さあて。出番ですね」


 クラウスの名前が呼ばれた。それに従って選手入場口に向かう。

 あたしはもしかしたらという気持ちが芽生えているのに気づいてしまった。


「さあ第三十七試合、クラウス選手対ランドルフ・フォン・ランドスター選手!」


 実況の声が聞こえる。あたしは急いで観覧席に向かった。


「なんと二人はノースの魔法学校の同期で共にランクS! これは見応えありそうです!」


 観客が騒いどる。背中に剣を背負ったランドルフが先に武舞台に上がって、クラウスを待っとる。何も持たんクラウスはやや緊張した面持ちでランドルフと相対した。

 二人の会話は聞こえん――ちゅうことはなかった。なんと闘技場全体に魔法がかかっとって選手同士の会話が聞こえるようになっとる。


「……俺はお前を侮ったり見くびったりしない。それどころか鉄血祭で一番の強敵だと認識しているぜ」


 ランドルフの意外な言葉にクラウスは「やれやれ。油断していると思ったら。これは過大評価ですね」と肩を竦めた。


「買いかぶりすぎですよ」

「どうかな。少なくともエーミールの死で何もしないのなら、お前のことを買いかぶっていたのかもしれないな」


 エーミールの死。それを聞いたクラウスは顔を曇らせた。


「悪いが全力でいかせてもらう」

「それでは僕は、全力を出す前に倒させていただきます」


 所定の位置についた二人。そして審判が手を挙げる。


「それでは――試合、開始!」


 銅鑼が鳴って、試合が始まった――瞬間、クラウスはランドルフに向かって、何かを投擲した。

 物凄い速さで迫る物体をランドルフは背中に背負った剣を抜いて、物体を叩き落した。

 クラウスが投げたもの。それは――


「おいおい。料理人の魂じゃねえのか?」


 包丁やった。文化包丁で叩き落したそれは武舞台に突き刺さっとる。


「料理人の魂? おかしなことを言いますね。魂は技量と真心で練り上げるものですよ――」


 クラウスは何もない空間から次々と包丁と取り出してランドルフに投げつける。中華包丁、出刃包丁、刺身包丁に牛刀、ぺディナイフもあった。

 これはクラウスの女神の加護やな。確か『好きな調理器具を出したり消したりする能力』やった。


「投げつけるだけじゃ、俺は倒せねえぜ?」


 飛んでくる包丁を払い、落とし、切り上げる。普通なら一本か二本刺さってもおかしないのに、ランドルフは見事な剣術で包丁を捌いていく。


「ええ。分かっていますよ。僕の目的は近づかせないことです」


 クラウスはぴたりと攻撃を止めた。ランドルフはクラウスに迫ろうとしたけど、結局は動かへんかった。何か怪しんどるんやろ。


「僕は料理人です。料理を作れればそれで良かった。でもそれだけじゃ救えない人も居るって気づいたんです。いや――気づかされてしまった」


 クラウスの言葉にランドルフは黙ったままやった。


「せめて守れる力が欲しい。戦うのではなく、守る力が!」

「それは普通に戦うより難しいぞ」

「分かっています。でも難しいからと言って諦めるのは簡単です」


 クラウスから魔力が発せられとる。地鳴りもしとるし、空気が捻じ曲がっとる感じもする。


「おっと! クラウス選手から熱気が発せられている! 何をする気だ!?」


 実況も熱がこもっとる……熱気やと? 


「これが僕が求めた、守る力です!」


 クラウスの背後から火が吹き出て、それが徐々に人の形となり――


「出でよ! フラム・キュイジーヌ!!」


 出てきよったんは、クラウスよりも背の高い、火の悪魔やった。三メートルぐらいあって、影みたいに平べったく、それでいて不気味な装いやった。


「ふふふ。どうですか?」

「どうですかって……感想聞いているのか?」

「ええ。もちろんです」

「……すげえとしか言えねえ」


 魔法の応用、化身やな。触れたら熱いだけや済まんな。


「接近戦では負けますが、近づかせない遠距離、加えて死なない化身での攻撃。いかがですか?」

「だったら、接近戦に持ち込ませてもらう!」


 ランドルフは真っ直ぐクラウスに突撃した。対して、クラウスは冷静に火の悪魔を前に出す。


「でりゃあああああ!」


 咆哮とともに斬りつけるランドルフ。火の悪魔は腕を斬りおとされたけどすぐに再生してまう。

 怯んだランドルフにクラウスの包丁が突き刺さる。左肩やった。


「ちっ。痛てえな」

「深く刺さっているのに舌打ちだけですか」


 クラウスの包丁攻撃を避けつつ、なんとか火の悪魔を突破しようとするランドルフ。


「いつの間に強くなったんだ?」

「強くないんですよ。ただ守りたいだけです」


 ランドルフは何度も火の悪魔を斬った。

 斬って斬って斬った。

 せやけどすぐさま再生してまう。

 火の悪魔の攻略法なんてあるんやろか?


「見苦しいですよ! フラム・キュイジーヌには勝てません!」


 ランドルフの身体が血に染まる。火の悪魔に気を取られて、包丁が当たりまくっとる。剣が弾き飛ばされた。武舞台から落ちてしもうて使えん。

 このままやと出血多量でやばいわ!


 ランドルフはこないな状況の中、退いたりせえへんかった。

 追い込まれとるのに、むしろ追い込まれとるのを望んどるような――


「クラウス。お前がここまでやれると信じていたぜ」


 ランドルフが笑った――観客はどよめいとる。


「これでようやくアレができる。俺は追い込まれていないと全力を出せないタイプなんだ」

「――っ! だったら全力を出さないまま、追い込んであげますよ!」


 ランドルフは最後の攻撃とばかり、クラウスに突撃する。真正面やった。二人の間には火の悪魔が居る――


「これでおしまいです!」


 クラウスは包丁を投げつけるのと同時に火の悪魔に攻撃させた。高温で燃える悪魔がランドルフに抱きつく――

 思わず、目を瞑ってしもうた――


「あ、ははは、あはははは!」


 クラウスの笑い声。決着が着いたんやろか? 恐る恐る目を開けると――


「もう笑うしかないですね。なんですかそれは?」


 火の悪魔が消え去っとる。そんでランドルフの身体が光り輝いてるわ。まるで光の鎧を身につけたような――


「魔法の鎧だな。どうやら俺にも付与ができたみたいだ」


 ランドルフは自分の身体に光の魔法を付与したんか! そないなことが可能なんか?


「本当にでたらめですね。いつ思いついたんですか?」

「ラウラとの戦いでな。拳に魔法を付与できるのなら、全身にできてもおかしくないだろう」

「フラム・キュイジーヌはどうやって?」

「殴ったら霧散した。俺にも理屈は分からん」


 理屈が分からんって……なんて言うたらええんやろ?


「さて。どうする? 降参するか?」

「馬鹿なことを言わないでください」


 クラウスはこないな状況、追い詰められとるのに、にっこりと微笑んだ。


「たとえ勝機がなくなっても、決して諦めません」

「……覚悟ありか。なら行くぞ!」


 光の鎧を纏ったまま、ランドルフはクラウスに向かって走った。

 ランドルフの拳が届くまで三歩、二歩、一歩――


「僕の勝ちです!」


 クラウスは大きくて長い包丁――鮪包丁を取り出して、下から切り上げる!

 まさに最後の攻撃や!


「……お前の負けだよ」


 ランドルフの身体に当たった鮪包丁やったけど、斬ることは叶わずに弾かれてしもうた。光の魔法には弾く効果もあるんやろうか?

 ランドルフの拳はクラウスの頬を殴りぬけた。クラウスは地面に叩きつけられて、そのまま気を失ってしもうた。


「勝者、ランドルフ・フォン・ランドスター!」


 審判はクラウスの気絶を確認すると、判定を下した。ランドルフは疲れたのか、その場に座りこんでしもうた。


「ここまで追い詰められたのは、初めてだ」


 クラウスが運ばれていくのを見ながらランドルフは呟いた。


「もしも料理人じゃなくて騎士だったら、俺は負けてたな」


 その後、デリアとイレーネちゃんの二人は危なげなく勝って、一回戦は終わった。

 二回戦目にあたしはエルザと戦う。

 なんや心臓がばくばく言うてきたわ。

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