第148話あらやだ! 鉄血祭が始まるわ!

 鉄血祭、当日。

 からりと晴れた空。風が冷たくて肌寒い――そう思うてたけど、闘技場の中は観客の熱気で充満しとる。

 みんな戦いを見に来とる。血が騒いどるんや。ただの祭りやないちゅうことはなんとなく分かってきた。

 開催する前、六人居る神主が新しい神主へ引継ぎが行なわれた。そして以前の神主がそのまま実行委員会を結成して運営に携わるらしい。

 そして新しく神主に選ばれたドワーフの一人が開催宣言をする。


「鉄は腕、血は心を満たす。全てのドワーフに告げる。鍛冶や冶金を修める者よ。我らが高みを目指せ。さすれば与えられん。我らが神の答えを!」


 これは決まり文句みたいやな。神の答えちゅうのは金属加工の極意のようなもんや。全ての金属の加工技術を解き明かせと発破かけとる。

 この宣言をあたしは選手用の観覧席で見とった。円形上の闘技場、観客席の下にぐるりと一周できる通路がある。まあ野球場の選手が居るところを想像してくれたらええ。

 あたしは偶数の番号やったので、東側の観覧席に居った。クラウスとキール、そしてラウラちゃんと一緒やった。他のみんなは奇数やったから西側や。デリアとイレーネちゃんが同じやったから、ランドルフの負担がでかいな。


「武舞台は正方形ですね。結構広いです」


 石のような材質でできた武舞台や。場外との段差は三十センチくらいで、一辺がおよそ二十メートルくらいやな。


「おっ。第一試合始まるで。楽しみやな」

「自分が出なければ試合は楽しめるんですけどね」


 弱気な発言にキールが「そんな情けないことを言うな」と怒った。


「確かにランドルフは強敵だが、宮廷料理人の四天王に勝利した貴様なら、度胸があると思ったがな」

「キール殿! 師匠と戦うのです。ナーなんとかになっても仕方ないですよ!」

「ナーバスな。ま、それも仕方ないな」


 一年生組はクラウスが負けると思うてるな。まあ仕方ないことやけど……


「悪いですけど、あっさりと負けるつもりはないです」


 クラウスがにっこりと微笑んだ。


「人の心配よりも自分の心配をしてください。いずれ戦うことになるんですから」

「……大した自信だな」


 キールは腕組みをした。見直したようやった。


「ユーリ。五回戦で貴様と戦ってやる」

「むっ。それは私を倒すということですか?」

「ラウラ、貴様とは勝負にならん」

「それこそ大した自信ですね……!」


 火花散らしとるなあ。おっと、第一試合が始まったな。

 人間とドワーフ、ドワーフ同士、そして人間同士の戦いが続き、ようやくあたしの出番となった。ランクS組で一番最初の戦いや。めっちゃ緊張してきた。


「ユーリさん。神化モード使います?」

「なるべくは使わん。今日は二回戦まで戦わなあかんしな」


 クラウスが直前に話しかけてきた。


「そういえば化身の練習してましたね。思いついたんですか?」

「ああ。一ヶ月前から練習しとる。でも実戦では使えんわ」

「じゃあ合成魔法で戦うしかないですね」


 あたしは頷いた。そして係りのドワーフが名を呼ぶ。


「じゃ、行ってくるで」

「御武運を」

「ユーリ殿、頑張ってください!」

「負けたら承知しないからな!」


 それぞれの激励を受けとって、あたしは選手入場口から武舞台へと向かった。


「さあ、第十九試合。東からはノース・コンティネント出身、魔法学校生徒、ユーリ・フォン・オーサカが入場します!」


 闘技場内に響く実況の声。観客が一斉に騒ぐ。


「対するはタングステン出身、鍛冶職人兼戦士、『灼熱』のメノウが入場します! 彼女は昨年の鉄血祭で五回戦まで進出した実績のある選手です!」


 うわあ。強敵やんか。ランドルフめ、どないして黙っとったんや。


「初出場のユーリ選手。未知数ですがどう食らいついていくのか、見ものの試合です」


 実況もあたしが負ける思うてるな。


「まさかあんたと戦うとは思わなかったよ」


 武舞台に上がるとメノウさんがあたしに話しかけてきた。あたしも「ええ。残念ですわ」と言葉を返す。


「そうだねえ。一回戦負けが決まっちゃったからね」

「いえ。知り合うたばかりの人を倒さなあかんのは悲しいことですわ」

「……口先は切れるようだね。でもあたいの斧、『戦姫』のほうが切れ味いいよ。試してみるかい?」

「いやあ、遠慮しときます」


 審判のドワーフがあたしたちに向かって言うた。


「ルールは理解しているな? 殺傷、場外は即座に負けとする。互いの名誉にかけて誓うか?」


 あたしたちは頷いた。


「それでは――試合、開始!」


 銅鑼が鳴って、試合が始まった。

 メノウさんは斧を担いだまま、手を出さへん。様子見やないな。先手は譲るちゅうことか。


「そんじゃありがたくいただくわ! アクア・マシンガン!」


 まずは水の魔法や。当たれば痛いだけや済まさん威力の魔法を連続で放つ!


「そんな水鉄砲、効かないよ!」


 メノウさんは重い斧を片手で回転させて、水の魔法を弾く。ほんまに水鉄砲みたいに対処されたわ。


「今度はこっちからだよ!」


 メノウさんは斧を顔の横に立てるように構えて、こっちに突進してくる。そしてあたし目がけて斧を振り落とす。

 えっ? 殺す気なんか? そない思いながら後ろに回避する。

 でもメノウさんの狙いはあたしやのうて武舞台やった。

 振り下ろした斧は武舞台を砕き、石が散弾銃のように向かってくる!


「ウィンド・ガード!」


 風の魔法で障壁を作ってなんとか防御したけど、何個か当たってまう。その内の一個が脇腹を掠めた。


「ぐうう……やるやんか……」


 メノウさんと距離を取る。追撃されたら敵わんからな。でもメノウさんは余裕たっぷりで追撃せえへんかった。


「降参したらどうだい?」

「そないなことできるか。準備が整ったんやから」


 あたしは脇腹に滲む血と傷を抑えながら、もう一方の手をメノウさんの斧に向けた。


「何をする気だい? まさか水や風で斧を壊そうだなんて――」

「そのとおりや」


 あたしは氷の魔法を発動させた。

 水を弾いたちゅうことは水に濡れとるちゅうことや。

 せやから――氷付けにするのはたやすい。


「なあ!? これは合成魔法!?」


 メノウさんは斧から手を離すことはないものの氷付けにされた斧を見て驚く。

 武舞台の床と斧が張り付いとる。これなら手放すしかないやろ。


「驚いた。でもねえ。あたしの怪力を舐めんじゃないよ!」


 メノウさんは無理矢理斧を引き離そうとする。びきびきと音を立てて、床の氷から引き離される。


「あたいの斧は特別製さ! 氷付けにされようが決して壊れないし錆びないし砕けない!」

「確かにそうやろな。斧の金属部分はな」


 あたしは自分の脇腹の治療をした。傷が塞がっていく。

 それと反比例するように亀裂が走り――そして割れてしもうた。

 氷と斧の柄の部分が。


「斧の柄は木でできとるのは見て分かる。どうせなら柄も金属にするべきやな」

「……そうだね。今度からそうするよ」


 折れた斧をしばらく見て、メノウさんはあっさりと投げ捨てた。


「なんと! メノウ選手、武器を破壊された! これは厳しいぞ!」


 実況の声が聞こえてきた。観客もどよめいとるな。


「さあ。降参するなら今のうちやで」

「……これは一回戦で使いたくなかったんだけどね」


 メノウさんは腕を回しながら言うた。


「操気法――強化!」


 操気法? 確かドランが使うてた――

 考える間もなく、メノウさんが距離を詰めてくる。

 そしてあたしに向かって、拳を振るった。

 顔を狙ってきたんをなんとか避ける。

 せやけど掠ってしもうたせいで、あたしは吹き飛んでしもうた。


「が、は、ああ……」


 床にバウンドして武舞台が落ちる直前に止まる。


「はあ、はあ。これは、ランドルフに、見せたきり使わなかったけどね。結構疲れるから」


 息を切らすメノウさん。せやけどこっちのダメージは甚大やった。


「殺す気はないけど、怪我はさせるよ。気絶させる」


 うう。ランドルフ、あんた言うたな、普通にやらへんかったら勝てるって。どないしたら勝てるねん。


「立てないなら降参しな」


 最後通牒やな。こないなときは――

 うん? 待ってえな。どうして降参を……

 あたしは閃いて、そしてそれを実行させるためになんとか立ち上がった。


「へえ。立てたんだねえ」

「……当たり前や。勝てるかもしれへんからな」


 あたしはメノウさんに近づく。メノウさんは息を切らしながら「そうかい。じゃあ勝てるかもだなんて思えないようにしてあげるよ」と言うて――

 あたしに突撃した。


「動きが単調やな。落ち着いてみれば投げられるわ」


 あたしはメノウさんの腕を取って、背負い投げをした。どしんと背中から倒れるメノウさん。受身は取ったようやけど石の床や。ダメージは大きい。


「な、なんだいその体術は――」

「柔道や。まだまだ続くで」


 まあ一本が出とるのは間違いないけど、これは柔道の試合やない。

 そのまま肩固めをする――


「はっ! そんな技、効かないね!」

「この技は効かんとかそんなんちゃうねん」


 あたしはとどめとなる言葉を言うた。


「これは――あんたを疲れさす技や」

「――っ!」


 そう。強化ちゅうのがなんなのか分からんけど、明らかに疲れとった。疲労しとった。

 このまま消耗させたらどうなるんか分からんけど――


「ぐううううう!」

「さっきから降参させようとしてたんは自分が疲れる前に試合終わらそうと思うたんやろ。今日は二回戦あるしな」


 ばたばたと暴れるメノウさんやったけど、完璧に決まった肩固めを抜け出す方法は――ない!


「そんでこのまま氷の魔法を放つことも可能やけど、どないする?」

「……降参するよ」


 その言葉で勝敗は決した。


「勝者、ユーリ・フォン・オーサカ!」


 闘技場が湧いた。まさかあたしが勝つとは思わんかったんやろ。

 こうして二回戦進出が決定して。

 次の試合でエルザが勝ったんで、姉妹対決が実現してしもうたんや。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る