第144話あらやだ! 寒い日のことだわ!

 ドワーフ。身体的特徴としては背が低くて筋肉質。鍛冶や冶金を大昔からしとるからか、多少の熱さは平気らしい。内面で言うなら豪快で剛毅で、それでいて仕事に対しては細やかな神経を持ち合わせとる。大酒飲みで八才から飲酒を認めとる。

 ドワーフの魔力量は極めて低い。人間のように魔法使いは居らん。せやけど力は巨人の次に強いとされとる。

 そして特筆すべきは平等主義やっちゅうことや。ドワーフは長や王を持たへん。政治は一年間限定でくじ引きで選ばれた六人の『神主』たちが行なっとる。そして男女平等で女性でも鍛冶を行なえる。かといって女性優位ちゅうわけでもあらへん。彼らの基準は鍛冶が上手いかどうかなんや――


「ユーリさん。ちょっといいか?」


 あたしは読んどった『友好種族を知ろう。ドワーフ編』から目を離した。そこにはランドルフが真剣な表情で何か言いたげに立っとった。

 闇の月が半ば過ぎて、後二十八日で修学旅行が始まる。あたしは一応予習としてドワーフについて調べとった。幸いエルフと違うて魔法学校の図書室にもぎょうさん資料があったんや。

 自習時間で調べよう思うたのでこうして一人で図書室に居ったんやけど――


「イレーネちゃんとデリアのことか?」

「そうだ。いい加減、なんとかしてくれねえか?」

「なんとかってどないすればええねん」

「手打ちさせてくれ」


 手打ちやなんて極道やないんやからと言いかけて、ランドルフが元やくざやと思い出す。


「無理や。あの二人をなんとかしよう思うたら骨が折れるわ」

「できないことはないんだろう? 平和の聖女さんよ」


 まあできなくはないけどな。でも気が進まん……って言うてもランドルフは聞かんやろな。


「ランドルフ。なんで二人が怒っとるのか、あんたは分かるか?」

「うん? 互いのことを怒っているからだろう?」

「それが間違いや」


 あたしは立ち上がって一緒に図書室を出るように促した。ランドルフは黙って従った。

 昔、陰謀に巻き込まれたときに儀式で使うた噴水まで来た。そして縁で日向ぼっこしとるイモリを指で追い払って座った。隣にランドルフも座る。結構寒い。明日は雪降りそうやな。


「デリアがなんで怒っとるのか。それから話そうと思う」

「ああ。是非聞きたいね」


 あたしは少し曇りかけた空を見上げた。


「デリアはイレーネちゃんを嫌いになっとるわけやない。むしろ好きやから態度を改めてほしいんや」

「態度? ロゼに対する態度か?」

「そうや。ぶっちゃけロゼちゃん悪ないやろ? ただ王家に産まれただけの子供や」


 エルザに聞いたけど、あの日以来元気がないらしい。傍目には元気に振舞っとるけど、エルザは空元気やと見抜いとった。


「デリアは正義感が強いちゅうか、間違っとる人間が見てられへんのや。まあ自分の価値観での話やけどな」

「その価値観で言うなら、イレーネは間違っていると?」

「高貴な出の価値観やから間違っとるところもあるけどな。関係のないロゼちゃんを責めるイレーネちゃんが気に入らん」

「だから喧嘩が長引いているんだな」


 教室どころか食堂でも話さん。用があるときはあたしを介す。常にピリピリしとる。その光景を見てランドルフは我慢できひんかったんやろな。


「デリアがもう少し考えるべきなんは、家族を殺されたイレーネちゃんの気持ちを慮らないところやな。そら家族殺されて復讐できひんのに、目の前に責められる対象が居ったら責めるやろ」

「じゃあユーリさんはイレーネが間違っていないと?」

「いや間違っとるやろ。さっきも言うたけどロゼちゃんは悪ないしな」


 今度はイレーネちゃんのことを話し出した。


「イレーネちゃんも自分が間違っとることは分かるやろ。いや分かっとっても責めてしまうんやな」

「理性と感情は別物、ということか?」

「おっ。自分結構賢いやん」

「茶化すな。しかしそれならイレーネはどうして謝らない?」

「誰に謝るんや? デリアか? それともロゼちゃんか?」

「二人にだろうよ」


 まあそうなんやけどな。これもまた複雑なんや。


「デリアは『ロゼちゃんに謝って』と言うやろな。だってデリアが怒ったんはロゼちゃんのためやもん」

「じゃあロゼに謝れば――ああ、そこで感情の問題か」

「せや。家族を殺した国の王女に謝るなんてできひんよ。たとえばヘルガさんを殺した相手にあんたは謝れるか?」


 ランドルフは何も言わんかった。それが何よりの答えやった。


「絡み合った毛糸のように複雑なんや。これをなんとかするには、どうしたらええと思う?」

「見当がつかないから、ユーリさんに頼んでいるんじゃないか」

「ああ、そやったな。まあ簡単に言えば断ち切るしかないんやけど……」


 そこであたしは言葉を止めた。ランドルフは黙って待った。


「そしたら毛糸は使えへんようになる」

「……あんたが静観してるのはそのためか?」

「ほぐすんは当人同士でやるしかないんや」


 あたしは立ち上がって伸びをした。お尻を払って「ランドルフ、もう少し待ってくれや」と告げた。


「修学旅行中になんとかしてみせるわ。それまで待っといてえな」

「本当か? 俺は修学旅行の前に解決したかったんだが」

「人間、怒り続けるんは疲れるもんや」


 ふと冷たいもんが頬に当たった。雪や。空からちらほらと降りてくる。


「……中に入ろうぜ。そういえばクラウスが新作料理を作ってくれるらしい」

「ほんまか!? 楽しみやな!」


 あたしはランドルフと話しながら校舎に入る。


「そういえばアルバンは菓子作りしているらしい」

「あの子、料理人ちゅうかパティシエっぽいな。あ、ラウラちゃんとはどやねん?」

「それは聞かないでくれ……」


 あたしは降り続ける雪を見ながら思うた。

 早く雪解けしてほしいわ。

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