第十九章 ドワーフの国編
第143話あらやだ! 喧嘩と魔法の応用だわ!
地獄のような補習を終えて、一週間が経った。ようやく通常授業に戻るんやな。
ホッとした気分で明日の準備をした後、イレーネちゃんにおやすみ言うて寝たら、なんと寝坊してもうた。
「何度も起こしたんですよ?」
「あー、すまんな。先行ってくれや」
準備を整えたイレーネちゃんは呆れながらそのまま食堂に行った。あたしは髪を梳かし、顔を洗い、服を着替えて香水をふりかけて、ようやく準備が整ったのはだいぶ遅い時間やった。
急ぎ足で食堂に向かうあたし。クラウスが支配下に置いたので一年のときよりもずっと美味しい料理が出てくるようになったんや。
到着して食堂の扉を開けようと手を伸ばしたとき、物凄い勢いで開いたんで驚いてしもうた。
「な、なんや!?」
思わず声が出る。そんなあたしの横を見知った顔が通り抜ける。
「――っ!」
「ロゼちゃん! 待ってよ!」
顔を手で覆いながら走るロゼちゃんとそれを追う妹のエルザ。二人はそのまんま食堂から走り去ってしまった。
よう分からんけど、ロゼちゃん泣いてたな……
心配やったけど、食堂のほうも気になったので入ってみる。するとめっちゃ空気が重かった。なんやねんな。
「ちょっとイレーネ! 言いすぎよ!」
「うるさいですね! 私にだって我慢できないことがあるんです!」
これまた見知った二人が言い争いしとる。
珍しいんやけどイレーネちゃんとデリアが口論しとるな。
「おい待て! お前ら熱くなるな! そんなんじゃまともに話し合いもできねえだろ!」
ランドルフが仲裁に入る。クラウスは涼しい顔でコーヒーを飲んどった。
おっ。よく見ると一年生のランクSも居るな。アルバンは困惑しとる。ラウラちゃんはおろおろしとる。キールは我関せずとばかりに窓の外を見とる。
「あなたねえ! 言って良いことと悪いことの区別もできないの!?」
「――っ! デリアには分かりませんよ!」
「――何しとるんや?」
ヒートアップしすぎやなと思いながらぬるっと会話に参加する。
「ユーリ!? あなたもこの分からず屋に言ってあげなさい!」
「分からず屋なのはあなたのほうです! デリア!」
「二人とも、少し静かにな?」
あたしは飴ちゃんをポケットから取り出して二人の口に放り込む。結構でっかい飴ちゃんやから舐め尽くすのに時間がかかるやろ。
「そんでランドルフ。何があったんや?」
「……さっき出て行ったロゼとそこに居るイレーネなんだが」
飴ちゃんを舐めとる二人を横目にランドルフは説明し出す。
「初めはロゼとイレーネは仲が良かったんだ。ロゼは無双の世代のファンらしくてな。いろいろ話してたんだが、ロゼがアスト公だと分かった瞬間、イレーネの態度が急変したんだ」
「なんで――ああ、そうか」
イレーネちゃんの家族はアストの兵に殺されとったな。母と弟やったっけ。
「イレーネの気持ちは分からなくないけど、それでも酷いのよ!」
先に舐め終わったんはデリアやった。
「一言一句そのままに言うわよ。『あなたの家族のせいで私の家族が死んでしまった! なんであなたはのうのうと笑顔で生きているんですか!』ってね!」
「……私は間違ったことは言ってません」
顔を背けて誰とも目を合わせないイレーネちゃん。
うーん。ここで説教するんは簡単やけど……
「ええんちゃうか? 別に。クラウス、朝ご飯まだあるか?」
「ありますよ。取ってきてあげます」
「お、ありがとうな」
そう言うて席に着くあたし。さてどんな朝ご飯やろ?
「ちょっとユーリ! 何か言いなさいよ!」
デリアがこっちに怒りを向けてきた。
「はっきり言うてこれはどないもならんわ。理屈やのうて感情の問題やもん」
「だからって――」
「あたしが今ここで説教してもわだかまりが無くなることはない」
あたしはイレーネちゃんに聞かせるように言うた。
「分かっているはずや。ロゼちゃんには罪はないってな。でも認められへんのや。恨みは決して無くならんし、忘れられへん」
「…………」
「二人の和解はしばらくかかるやろな。でもイレーネちゃん、これも分かっているはずやで?」
「……なんですか?」
あたしはクラウスが運んできた朝ご飯のスープを一口啜る。うん美味しい。
「アスト公やって分かる前に、あんたはロゼちゃんに敵意を感じなかった。むしろ好意を抱いていたはずやってな」
「…………」
「それだけや。あたしが言いたいことは」
周りに居る生徒がざわめいとる。顔背けてしもうたままのイレーネちゃんと怒りのやり場のないデリア。そしてどこかホッとしとるランドルフとクラウス。そんな気まずい空気に包まれながらあたしはパンをスープに浸して食べる。
美味しいけど、味気なかった。
「さて。お前たちに大事な話が二つある」
クヌート先生が教壇に立つ。授業の始まりや。あの後イレーネちゃんとデリアは一言も口をきいとらん。ちょっと空気が悪いな。
せやけどそないなことを気にする素振りもなく、クヌート先生は話し始めた。
「一つはお前たちの魔法についてだ。最終段階に進ませる。本来なら三年生の終わりに教えることだがな」
「最終段階だと? どういうことだ?」
ランドルフの疑問はみんなの頭ん中にも浮かんどるようやった。
「ああ。今まで『放出』ばかりやっていたがな。しかしランドルフ、お前は既に最終段階に進んでいるんだ」
ランドルフは腕組みをしながら「もしかして魔法剣のことか?」と言うた。
「そのとおりだ。それを『付与』という。物体に魔法効果を付け加えることだな」
するとクヌート先生は黒板に『付与』と書いた。そして続けて『化身』と『奔出』とも書いた。
「放出が基礎なら、この三つの魔法運用はいわば応用だな。まず『付与』から詳しく説明しよう」
クヌート先生は羊皮紙を懐から取り出した。そして魔力を込める。
「俺の属性は風と土だ。この紙に風の魔法を付与させた。するとこうなる」
魔法を付与させた紙を持ったまま、クヌート先生は教室の隅に置いてあった分厚い本を数冊、教卓に重ねて置いて、紙を縦に素早く下ろした。
なんと数冊の本が刀で切ったように二つに割れた! しかも教卓に刀傷のようなもんも付いとる!
「これが付与だ。まあ本気を出せば教卓も叩き切れる」
「……紙でそれなら、剣だともっとすげえことになるんだな」
ランドルフは目を輝かせとる。興奮しとるようやった。
「そうだな。しかしめったに居ない。普通は矢とかに付与する。次に化身について説明しよう」
クヌート先生は再び魔力を込めた。すると小さな土くれの犬が教卓の上に数体誕生した。
「化身とは人や動物、植物などを具現化し、使役する魔法運用だ」
あたしはアルムの砂の騎士やエルザの黒い翼を思い出した。
「先生。闇属性の魔法で黒い翼を作って自分に付けることって可能ですか?」
「ああ。それも化身の一つだな」
なんやエルザ。あんた既に応用できとるやん。
「もしかすると魔法運用においてはエルザさんは天才かもしれませんね」
クラウスの言葉に「まあ暴走しとったからな」と返すあたし。
「うん? エルザ? そういえばあいつ闇属性だったな。ということはさっきのことが既にできてたのか?」
「はい。そうですよ。クヌート先生」
クヌート先生は「それなら放出がどうして苦手なんだ?」と首を捻った。エルザはどうやら基礎が苦手やけど応用は得意らしいな……ってそんな人間居らんやろ。
「まあいい。それで最後に奔流だが、これは放出を高めたものだ。一見、簡単そうに思えるが威力は段違いだ。放出が水鉄砲なら奔流は鉄砲水だ」
「なんや分かりづらいな!」
「そうか? なら放出は焚き火で奔流は山火事だな」
まあそれなら分かりやすい。
「とりあえず全部を極めることは効率が悪いから一つ選べ」
「一つしか選べないの? どうせなら三つ習いたいわ」
「デリア。三つ教えてもいいが、それだと極めるのに五十年かかるぞ。その頃にはおばあちゃんだな」
流石に応用は厳しいな。
「俺も付与と化身しか使えない。まあメインは化身だけどな」
「しかし選べと言われてもどう選べばいいんですか?」
クラウスの疑問に「そこらへんはフィーリングだな」と適当な答えを言うたクヌート先生。
「人間、好みによって変わるからな。それに魔法はそれで選んだほうが効率的だ」
「俺は付与一択だな。元々魔法剣を極めようとしてたしな」
ランドルフはもう決まったみたいや。
「うーん。僕は化身ですかね。ちょっとアイディアも浮かびましたし」
クラウスもすんなりと決まったみたいや。
「私は爆発だから……化身は難しいし、奔流はあまり変わらないから、付与にするわ」
「爆発の付与? どうやるんや?」
気になったので訊ねると「内緒よ」とにっこり笑って秘密にされてしもうた。
「イレーネちゃんはどうするんや?」
イレーネちゃんに話を振ると「……私は奔流にします」と返ってきた。
「ちょうどユーリの話を聞いて思いついた合成魔法もありますしね。奔流が合ってます」
「ふうん。下級生に八つ当たりするあなたにできるかしらね」
デリアの挑発にイレーネちゃんは思わず立ち上がった。まったくこの二人は……
「やめや。喧嘩するなら二人とも相手になるで」
あたしの言葉にイレーネちゃんはしばらくデリアを睨みつけて、そして座った。
「……あなたはどうするのよ、ユーリ」
デリアの問いにあたしは「まあ化身にしようと思うてる」と答えた。
「分からんことがあったらエルザに聞こう思うてな」
「そうね。聞くのはいいことだわ」
それぞれ決まったところでクラウスはクヌート先生に訊ねた。
「そういえば大事な話は二つあるって言いましたけど、もう一つはなんですか?」
「ああ。喜べ、光の月にお前たちとランクS一年生で旅行だ」
クヌート先生はにこにこ笑いながら言うた。
「修学旅行だ。ドワーフの国に行くぞ!」
よりによって、一年生と一緒か……
あたしは頭を悩ませることになるなあと考えとった。
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