第140話あらやだ! 必ず倒すわ!

 あたしは目の前の悪女を睨んどる。とても同じ人間とは思えへんかったからや。

 そんな視線を楽しむように笑うアーリ。


「うーん。気に入ってくれなかったのは残念だわ。まあ予想通りだけど」

「予想通り? 当たり前やろ! こんな胸糞悪うなる悪趣味な見世物を見せられて!」

「それじゃあ場所を変えましょうか」


 そう言うてパチンと指を鳴らすアーリ。すると部屋中に地鳴りが起こった。地震かと思うて身構えると、次の瞬間、部屋が上に動き始めた。


「なんやこれ!? まるでエレベーターやないか!」

「そうよ。特別に作らせたの。凄いでしょう?」

「……どないな魔法を使うたんや?」


 あたしの疑問に「何言ってるのよ。科学に決まっているじゃない」と笑うたアーリ。


「まあ作るのに魔法は使ったけどね」

「こ、この世界で、まさか、電気を産み出したんか!?」


 声が震えるのを止められへんかった。アーリは不思議そうな顔で「できないわけがないでしょう?」と当然のように答えた。


「この世界は人種以外、前の世界と変わらないわ。いえ、むしろ魔法がある分、こっちのほうが優位に立つのかもしれない。だからこそ――壊し甲斐があるのだけれど」


 悪意の篭もった笑みで呆然とするあたしを見つめるアーリ。


「あ、あんたは、何者なんや? いや――何者やったんや?」

「知りたいの? あは。教えてあげなーい」


 誤魔化されたちゅうかからかわれとる感じがする。こんな性格の人間、会うたことがない。


「なんでも訊けば教えてもらえると思ってるの? いやだわあ。恥ずかしいわ!」

「腹立つ言い方やな!」

「でもある程度は予測できるんじゃないの? どうでもいいことだけどね」


 アーリが言い終えたとき、部屋の移動が終わった。窓を見ると街並みが一望できたんや。どうやらかなり高いところまで昇ったらしい。


「ここの風景は素敵ねえ。見て、夕日が落ちていくわ!」

「……あんたという人間が分からんようになったわ」


 あたしは思うてたことを素直に言うた。


「美しい光景に感動できるのに、どうして悲しいことができるんや?」

「悲しいこと? ああ、子供同士の殺し合いね。あれは楽しいことよ?」


 アーリは当然のことのように話し始めた。


「どうやって人を殺すのか。そう考えることは人間として普通のことよ。科学はそのために発達した。魔法だって発達した。発達は発展へとつながり世界は栄えるのよ」

「さっき言うてたこととちゃうやんか。あんたは世界を滅ぼしたいんやないのか?」

「違うわよ。世界を変えたいのよ」


 アーリはにやにやしながら言うた。


「世界を変える。道徳や倫理を廃して科学と魔法で発展させる。結果、多くの人間、エルフ、ドワーフ、ホビット、巨人、小人、獣人、魚人、鳥人。そして魔族が互いを殺し合う混沌とした世界にしたいのよ」

「なんでそんなんにしたいんや!」

「そのほうが面白いからよ」


 こ、この悪女、狂ってるどころやあらへん。

 もう、終わっている――


「あなただってそうじゃないの? ユーリちゃん」


 すると話を変えるようにアーリはあたしに水を向けた。


「あたしは人殺しなんてせえへんわ」

「違うわよ。少しでも前の世界の知識をこの世界に導入したことないの?」


 頭にホットポカリやパナキアのことが浮かんだ。


「それと同じよ。あたしはこの世界に火薬と火縄銃を持ち込んだ。まだ硝石鉱はディーンスタークでの数ヶ所しか発見されてないけど、いずれこのセントラルを掌握したら――大量に作られるわ」

「セントラルを――掌握やて?」


 悪女はにやりと微笑んだ。


「ええ。既にディーンスタークを手に入れた。そして弟が死ねば新しい教皇が選ばれる。そのとき――あたしは『女教皇』としてセントラルの頂点に立つ」


 こ、こんな女に、権力をこれ以上持たせたらあかん!


「そうなる前に、あたしが止めたるわ!」


 衝動的に思うたあたしは氷の魔法を発動させた。もうこの悪女の話を聞くんは――嫌やった!


「あら? 合成魔法ね。その歳でよくもまあ編み出したものだわ」


 動きを止めるつもりやったけど、できひんかった。

 アーリの身体からほとばしるように――光が発せられた。

 あたしの氷は光に弾き飛ばされたんや。


「なっ!? そん魔法は――」

「あはは。あたしも使えるのよ。合成魔法」


 右手を挙げて緑の光――いや、電気や――を見せびらかすように放電しとる。


「光と闇を組み合わせると電気になるのよ。これができたときは本当に驚いたわ。どういう理屈でそうなるのか、未だに謎だけど」


 アーリは右手をこちらに向けた。


「電気と氷。どっちが勝つか試さなくても分かるわね」

「…………」

「あなたをこの場で殺すのは容易いけど――やめておくわ」

「……随分と余裕やな」

「まあね。あなたは生かしておいたほうが楽しいじゃない」


 アーリはあたしに近づく。まるで攻撃を恐れていないようやった。もしくはこっちに攻撃の意思がないことを見透かしとるようやった。


「あたしはこの世界を変える。それを阻止したかったら――なんとかしてみなさい」


 あたしのことを知らんはずやのに――いや、感覚で分かるんやろ。

 あたしとアーリは相容れない。そういう存在やと本能で分かるんやろ。その挑戦的で挑発的な目はある意味確信しとるからやろ。


「……ええわ。その喧嘩買うたる」


 あたしも悪意の篭もったアーリの目と自分の目を合わせる。


「あんたの企みを阻止したる! 覚悟しいや!」


 そう言い切った瞬間、アーリは本当に嬉しそうに笑うた。


「楽しみにしているわ。可愛いお医者さんのユーリちゃん」


 そしてあたしの首を素早く掴んで――魔法を発動させた。

 バチっと音がして、意識が飛んでしもうた。




 気がつくとまたもや船ん中やった。船ん中やって分かるんは部屋が波で揺れとったし、潮の匂いもするし、何よりも窓の外が海やったからや。


「……あの女、あたしをどこに連れていくつもりなんや?」


 船室は豪華な内装やった。ふかふかの絨毯。奢侈な調度品。センスのええ壁色。寝とったベッドも寝心地が良かった。

 とりあえず船室が出たあたし。すると通路に船員が居った。


「あ、すみません。あたし――」

「お客様、お目覚めになられたのですね」


 丁寧な言葉遣い。指導が行き届いとるな。


「えっと。この船はどこに向かっとるんや?」

「この船はノース・コンティネントに向かっております」


 不思議そうな顔で行き先を教えてくれた船員。そりゃあまあ、おかしな質問やとあたしも思うた。


「そういえば、船室で箱は見ましたか?」

「箱? 何の箱や?」

「なんでもアーリ様からの贈り物らしいです」


 アーリの? それよりも気になったので訊ねてみる。


「あんた、アーリのこと知っとるんか?」

「もちろんでございます」


 船員は真剣な表情で言うた。


「ディーンスタークの王族の傍系であり、マッチロックガンの開発者、大貴族アーリ・フォン・フレデリーケ様のことを知らぬセントラルの民は居りません」


 そして最後に自慢げに言うたんや。


「あのお方のおかげでセントラルはますます繁栄していくでしょう」


 なんや複雑な気分になったあたしは船員と別れて、船室に戻った。そこで箱を見つけた。小さな箱や。そん中には紙が入っとった。羊皮紙やのうて前世でいうところの紙そのものやった。

 その手紙にはこう書かれとった。


『ユーリちゃんへ。あなたの故郷に帰してあげるわ。ちゃんとあたしに対抗できるように魔法や医学だけじゃなくて、権力や武力を持ちなさい。いずれノースも支配するからね。実はあなたのことは知ってたのよ? 平和の聖女さん。このあたし――狂乱の悪女を倒してごらんなさい。人生には好敵手が必要なのよ? それじゃあね。アーリ・フォン・フレデリーケより』


 紙の下に袋が入っとるのに気づく。

 中身はなんと金貨やった。

 そしてこれまた紙が入っとって『これは餞別よ』と書いとる。


「……分かったわ。あんたは絶対に――倒さなあかんてな!」


 手紙を握り締める。

 この世界に産まれて、初めての感覚。

 あの悪女を――倒したいという想い!

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